22. 戦いが始まる
後ろから声が聞こえてきた。
それも、聞き覚えのある女性の……俺たちをここに連れてきて、この理不尽な状況を作り出した元凶の声が。
『ドラゴンとどう戦うか』という考えにピリオドを打つかのように発せられたその声に従い、とっさの判断でナノの頭を帽子ごと掴んで自分もろとも前に倒した。
「はあぁぁああ!
後ろから聞こえてきたその声と同時に、下に押し付けられるような強風が吹いた。
まるで透明の弾丸が、本来見えるはずのない空気の塊のようなものがドラゴンめがけて高速で飛んでいった。
突然のことで反応が遅れたのか、ドラゴンはその攻撃をもろに受けてしまう。
「――嘘だろ……」
「ドラゴンが、止まった」
驚くは、その攻撃でドラゴンがひるんだことだった。
見上げるほど巨大な体躯を持つホワイトドラゴンが、その攻撃だけで止まったのだ。
あまりの出来事に唖然としていたが、そんな俺たちのことなど気にもせず、後ろからザクザクと雪道を歩く音が聞こえてきた。
「お二人とも大丈夫ですか?! どこかお怪我などは?」
「そりゃこっちのセリフだ! なんで生きてんの?! なんで立ってるの?! なんで平気そうなの?!」
「エレナ……なのよね。大丈夫なの? 思いっきり吹っ飛ばされてたけど」
「自分は平気です。修行で鍛えてありますから」
どう鍛えたら、あの攻撃を受けて平気でいられるんだ……。
致死レベルの重い一撃をくらってピンピンしていることにも驚きだが、それよりもかなり遠くまで吹っ飛んだエレナが、どうやってここまで戻ってきたのかが気になる。
「かなり遠くまで飛ばされただろ。どうやって戻ってきたんだ?」
「普通に走って来ました」
「お前人間じゃねえだろ」
やっぱこいつヒーローの世界とかから来た転生者だろ。
どんな運動神経してたら、数キロ先からここまで戻ってこれるんだ。
「酷い! 確かに人より頑丈ですけど、ちゃんと人間です!」
「さっきのは? 当たった瞬間ドラゴンがよろけたけど」
「ああ、あれは『
いわゆる空気砲ってやつか。
にしてもこの威力、流石は上位職の技と言ったところか。ナノの撃っていた簡単な魔法とは大違いの攻撃力だ。
「それが武闘家のスキルか。遠距離攻撃の技もあるんだな」
「いえ、武闘家のスキルは全部自己強化か近接攻撃の技しかなくて、遠距離攻撃のスキルは無いんです」
「え? じゃあ今のどうやって」
「これは、私個人の技です。師匠との修行で身に着けたんですよ」
「やっぱお前人間じゃねえだろ」
なんとさっきの技、武闘家のスキルじゃなくエレナの肉体のみから放たれた技らしい。
何を頑張ったら
どう考えたって人間の成せる所業じゃない。
こいつどこまで
「とにかく、ここは私に任せてください! 先ほどは油断していましたが、今度はキッチリと倒して見せます」
さっきも同じような言葉を聞いたが、今回のに関しては全く信用できない。
それに、エレナの威風堂々とした態度も、目の前のドラゴンの威厳と比べると小さく霞んでしまっていて、どう考えても彼女が勝てるビジョンが浮かばないのだ。
「お前がどれだけ強いかはこの際どうでもいい。今はこの場を切り抜けることだけ考えてくれ」
「そんな! ここは私一人で」
「――あの有様でどうやってお前を信じれる?! またさっきみたいにこいつに追いかけられるのは御免なんだよ!!」
聞き分けのないエレナに思わず怒鳴ってしまった。
確かに、彼女の実力を試すためのクエストだし、彼女自身が持ってきたクエストなのだから、彼女にやらせるのが道理ではある。
だが、これは個人がこなせるレベルの範疇を軽く超えている。
――だから、
「――だから、三人で切り抜けるぞ。一人で出しゃばるんじゃなくて、三人で連携するんだ」
「……わかりました」
渋々といった感じで仕方なく了承するエレナ。
相手方は俺たちに対して警戒心マックスで唸りながらこちらを見ている。
おそらく、さっきエレナが放った一発のせいで、一筋縄ではいかない相手だと認識しているようだ。
「よし、ナノはとにかく魔法を撃ちまくってくれ。なるべく連発できる簡単な魔法がいい」
「強力なやつを使わなくて良いの?」
「お前が強い魔法を使うと、お前の不運のせいで下手するとこっちが不利になる可能性がある。それに、魔法自体は当たらなくてもいい。向こうの気を散らせれば十分だ」
「わかったわ!」
しっかり魔法を当てれるなら話は別だが、強力な魔法を使ってもし外しでもしたら、場合によっては俺たちに被害が出るかもしれない。
だったら、相手の気を散らせて、なおかつこっちの被害が少なそうな弱い魔法を連発してもらった方がありがたい。
「次にエレナ。お前は接近戦でドラゴンと戦ってもらう。ちなみにお前、どのくらい機動力がある?」
「空気を蹴って空中を高速移動することができます!」
「お前なんで人間やってるの?」
かなり頭のおかしい回答だったが、もうこの際これ以上は踏み込まないでおこう。
ただ、正直ものすごく気になるので、後でちゃんと
「そんだけ動けるなら、ドラゴンの周りを動きながら攻撃することもできるな?」
「はい! 余裕です!」
威勢のいい返事だ。もう絶対に吹っ飛んで欲しくないので、今度こそ油断しないでもらいたい。
「ヘージはどうするの?」
「俺は後方で指示を出す」
「なんであんたが一番楽しようとしてるのよ?!」
いや、指示を出すのって意外に大変なんだぞ?
味方の動きを把握しながら、的確な指示で仲間の実力を出し切る。どう考えたって俺にピッタリの役目じゃないか。
まあ、実際のところは攻撃手段が無いからそうせざるを得ないからなんだけど。
腰に剣がある? いやいやムリムリ。こんな
「もうこれ以外に案がないんだ! やるしかないだろ!」
「自分が楽したいからって無理を通そうとしてないわよね?! 本当にこれ以外に案は無いのよね!!」
「うん、マジで無い!」
前回の森と違い、隠れる場所のない高原じゃ逃げるのはかなり難しいし、仮に逃げれたとしても空中から索敵されれば、すぐに見つかってしまうだろう。
攻撃に関してもエレナに任せっきりになってしまうが、これも仕方のないことだ。
「わかったわよ! その代わり、攻撃が飛んで来たらちゃんと守ってよね!」
「了解だ。さあ、来るぞ!!」
雄叫びを上げながらこちらめがけて再度突進をしてくるホワイトドラゴン。
その咆哮は、縄張りを荒らされた怒りからか。それとも、目の前の三人への最後の警告だったのか。
どちらにしても、一歩も引くことのできない両者の壮絶な戦いが今始まろうとしていた。
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