14. 強制呼び出し

「……は?」


 比喩ではない。本当に暗闇に包まれたのだ。

 驚きのあまり、反射的に立ち上がる。

 唯一自分を照らすのは、真上から当てられているスポットライトのみ。


 特殊職業エクストラジョブのスキルの能力? いや、俺は何も発動させようとしていない。


 それにこの感覚。確かに知ってる。二十年前、同じことが起こったはずだ。


 ――っていうことは、


「――死んだ……のか?」


「いや、死んでないよ。まだキミは生きている」


「――ッ! あんたは!」


 聞き覚えのある声が背中から聞こえ、とっさに振り替える。

 そこには以前と同じように、階段の上の玉座で足を組んで座っている女性がいた。


「久しいね、百々平次どどへいじクン。いや、今はヘイジ・ウィルベスタークンと呼んだ方がいいかな?」


「それで呼ばれるのも二十年ぶりか? 神様。あんたは何も変わってな……いや、恰好がだいぶ変わってるな」


 以前会ったときはバニーガール姿にコートを羽織った、かなりパンチのある恰好だったが、今回はなぜか巫女服に身を包んでいた。


「あんたどこの宗教なんだ? 明らかに違うだろ、その服」


「日本人のキミに言われたくはないなぁ。日本人ってのはクリスマスに騒いで神社に初詣に行って葬式には坊さんを呼ぶんだろ? おまけにいろんな国の食べ物を魔改造して自国に取り入れてるときた。そんな国の人に宗教観をとやかく言われる筋合いはないよ」


「今は日本人じゃないけどな。とはいっても、今も特別信じるものもないけど」


「それは良くない。信じる者は救われるって言うだろ? 何なら私を信仰してくれてもいいんだよ?」


「どこの所属かわからない巫女服の神様に、とやかく言われる方が説得力ねえよ。それに、あんたを信仰したら心じゃなくて足元すくわれそうだ」


 重要な決め事をしている最中にこんなところに呼び出されたからか、誠心誠意皮肉を込めて言い返してしまう。


「だいぶ皮肉が効いてるね。ここに来るまでに相当鬱憤が貯まってると見た」


「前置きはいい、人を待たせてるから要件を話してくれ。まさか、二十歳になったからって成人祝いでもしてくれるのか?」


「――そうだね……確かにそれも魅力的だ。キミとお酒を交わせたらどれほど楽しいだろうか」


 彼女は立ち上がり、真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 その表情からは何も読み取れず、本心なのか建前なのかわからない。


 ただ一つ、今この瞬間感じたことをそのまま言うのなら。


 ――嫌な予感がする。


「けどそれも叶わない。君の式は天国で盛大にやってくれ」


「――あんた、何を」


 自分の天国行きを勧められた時のような、そんな怖気が今度は心だけでなく、全身からわさわさと這い上がってくる。


 緊張? 金縛り? どちらにしても、動けない。

 この場において、容易に動くのが一番マズイと本能が警鐘を鳴らしている。


 今回は、前回と何かが違う。

 なぜ死んでもいないのにここにいる? それはあいつに呼ばれたからじゃ。


 なぜ俺が特殊職業エクストラジョブのスキルをとったタイミングで連れてきた? 急な呼び出し?俺は連れてこられたのか?


 いや。それ以前に。



 ――なぜあいつは、『まだキミは生きている』と言った?



「――ヘイジ・ウィルベスタークン。悪いけど、私は君を殺しに来た」


 刹那。目の前の巫女神は、どこからともなく取り出した刀を右手に持ち、俺の腹を搔っ捌いた。


 まだ前を向いていたからか、どうしても下を向く気になれない。自分の傷口の痛みを、自分が死ぬ自覚を、またあの時トラックにはねられた苦しみを味わいたくなかった。


 神は俺に一太刀を浴びせると、人外の跳躍力で後ろに下がり、こちらを俯瞰する。


「ちっ。すでに発現してたか。まあ、もうポイント振った後だったし仕方ないけど、まさかデフォルトでオートモードだったとは。流石に予想外だよ」


 何を言っている? 何の話だ?


 まるで納得のいっていないその顔は、神らしからぬ訝しみの表情だった。らしくもない舌打ちまでしている。


 そういえば、切られたというのに前世で事故死したときと同じ感覚に陥らない。まあ車に撥ねられるのと刀で切られるのじゃだいぶ違うけど。


 恐る恐る下を見る。


 ――すると、


「あれ? なんともない……」


 痛くないし血も出てない。というかそもそも食らっていない?

 そこに何かが当たったという感覚はなく、温かさも、その後に来る冷たさも一切なかった。


「ふむ……そうだな。取引しよう」


「は、は? 何言って……まずは説明が先だろ! 何でいきなり攻撃してきた?! 俺がいったい何を」


「――間違えた。だから返せ」


「は?」


 今までの飄々としてつかみどころのなかった彼女とは一転。その言葉はあまりにも攻撃的かつ威圧的だった。


 なにせ、彼女が何かを勧めてくることはあっても、ここまで命令口調で言ってくることなど一度もなかったのだ。神様という圧倒的存在故の飄々とした態度が、今の彼女からはみじんも感じ取れない。


 むしろ、どこか焦っているような……


「君に渡したスキル……職業ジョブ『ニート』は、少し設定を間違えてしまってね。だから返してほしいんだ」


「そっちがくれるって言ったんだろ? 何を今更」


「――返してくれたのなら。私が家族と復縁させる機会を与えてあげよう」


「――ッ」


 それは、自分にとってあまりにも魅力的な話だった。


 ここまで俺が苦労したのは、家族に家を追い出されたのが始まりだ。もちろんが俺が悪いことは理解しているし、今更家族と仲直りしたいなんて虫のいい話は無いと思ってた。


 でも今、そのチャンスが目の前に転がっているのだ。それを掴まない理由はどこにもない。


「決心はすぐにつくだろう? 君は私に特殊職業エクストラジョブのカードを渡すだけでいいんだ。それで何もかも上手く元に戻る」


「全部、丸く収まるのか?」


「ああそうだ。これはれっきとしたチャンスだ。君がさんざん掴み損ねた未来を、またやり直すことができるんだ」


 そう言いながら、彼女は俺の方に手を差し出してくる。


 俺はその上に、今持っているカードを置くだけで元の生活に戻ることができる。そうすればまた余裕のある生活が、時間が手に入る。


「――俺は」


 元に戻ったら、たっぷりと時間がある。その中でゆっくりと頑張って努力して、両親が誇ってくれる息子になればいいんじゃないのか?


 誘惑? 甘い蜜? いいや、これはチャンスだろ! どう考えたってプラスだ。マイナスな事なんて何一つ……


 そう思いながら、チャンスを掴もうとする右手はカードを強く握りながら彼女の方へ、ゆっくりと無意識的に手を伸ばす。


 そのままゆっくりと、彼女の方へ一歩一歩と歩みを進めていく。


「さあ、そのカードをこちらに渡すんだ。君に不利益を与えるつもりは一切ない。特殊職業エクストラジョブ所有者ではなくなるが、君にはたいして必要のないものだろう? 君がそれを手放すことで、君が不利益になることなんて何一つ無い」


 ――不利益は何一つ、無い?


「そのカードを手放せば、空いたその手でチャンスを掴みきることができるんだ」


 ――空いたその手で俺は、何を掴めばいいんだ?


「さあ渡すんだ。早く!」


 ――俺はもう、掴んでいるんじゃないのか?


 瞬間、感謝を何度も述べたナノの笑顔が頭によぎる。

 俺が家族と復縁すれば、確かに俺には利益しかない。


 でも彼女はどうなる? 俺がここでカードを渡せば、彼女はまた一人になってしまうんじゃないか? それですべてが丸く収まるなんて言えるのか?


 神の目の前まで歩いたところで、自然と足が止まった。


「――確かにあんたの言った通りだな」


「――何がだい?」


「外的要因が無きゃ、人はそうそう変わりはしない。人に刻み込まれた自己は、自分の力じゃ変わりようがないんだ」


 事実、実家あの環境に居続けても。仮に復縁して家に戻っても。俺は、何も変わらないのだろう。


 でも、今日で全てが変わった。


「俺は今日、決定的な要因と出会った。その人は生まれながらに不運で、上位職のウィザードを取るのに五年もかけてた人だ。今日初めて受けたクエストも、その不運のせいでいろいろと大変だった。でも、最終的にはクエストもクリアできたし、その人が欲しがっていた杖も手に入ったんだ」


「――何が言いたい?」


「俺は、努力するのが嫌いだ。でも、真っ直ぐに努力してる人間はちゃんと報われるべきだと思う。だから俺はその人を。そういう理不尽にあっている人たちを助けたい。そのための力がこいつにあるなら、俺はこのカードを渡すわけにはいかない」


 これは紛れもなく俺の意志だ。

 怠惰でだらけ切った生活をしてた頃なら、こんなことは言わなかっただろう。


 ただ、これは良心や親切心だけで言っているわけじゃない。理不尽への復讐心もある。


 だから、今の思いの丈の割合は、理不尽な目に合っている人への親切心と、その理不尽の根源への復讐心が半分半分ってところだ。


「自分のためじゃなく、人のために努力したいと?」


「――人を助け、理不尽を叩く。だからこれは、半分は私欲も混ざってるな。それでも、俺は良心と復讐心で身勝手に人を助ける」


 自分が本気だと伝えるために、真っ直ぐ彼女の目を見る。


「前に言ってたよな。『神は不平等にチャンスを与える』って」


 二十年前、死んだあの日。人生と呼べるかどうかもわからないあの神の部屋タイミングで、一度だけ掴んだそのチャンス。


「その言葉に、嘘偽りがないのなら」


 それすら無駄にしてしまった俺が、こんなことを言うのは、酷くおこがましいのだろう。

 でも、それでも、まだチャンスがあるのなら。また掴むことができるのなら。


「――俺にもう一度だけ、その不平等チャンスを与えてくれ!」

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