9. ことごとく外れる
「――ついたわ」
しばらく無言の時間が続いたのちに、ゴブリンキングがいるであろう洞窟へとついた。
草むらからこっそり見てみると、崖の岩肌にぽっかりと大きな空洞が出来ており、その前はまるで手が加えられたように草が生えておらず、
そして、洞窟の入口付近では野生動物の肉を焼いている数匹のゴブリンと、その奥にひときわ大きいゴブリンがいる。
「でかいな。今は座ってるけど、立ったら三メートルはあるんじゃないか?」
「かなり成長した個体ね。ちょっと強そうだわ」
「ゴブリンの方は丁度五体いるな。あれを倒せばクエストクリアだ」
「え、ええそうね」
「それじゃ、俺は離れて見てるから、一発どでかいのを頼む」
「――わかったわ」
あくまでも俺は戦わない。それが彼女との契約だし、俺が出しゃばれば足手まといになるのは明白。
今いる草むらから、数歩引いた場所まで移動して、彼女を視認できるところで待機。それが一番ベストなはずだ。
「準備オーケーだ。んじゃあ行ってきてくれ」
「わかってるわよ……さっきも当てたわ。きっと今日は調子がいいはずよ……」
最後の方、小声で何かを言っていたがうまく聞き取れなかった。難聴系主人公にありがちなパターンではなく本当に彼女の声が小さかっただけだ。俺は決して耳は悪くない。
俺が移動し終えると、彼女は大きく深呼吸をしたのちに、まるで何か覚悟を決したような顔つきで、草むらから飛び出し、ゴブリンの前に出る。
「『フレイムバーナー』!!」
先ほどよりも大きな声で詠唱する。
気合の入ったその声は、どこか不安げな、それでも空元気で腹から無理矢理出しているような感じがした。
その声のせいか、俺の頭の中で先ほどの不安がより大きくなる。
前に出された魔法陣は先ほどと変わらず、勢いよく炎を前方広範囲に放っていた。しかし、
「え?」
瞬間、彼女の帽子が吹き飛びそうなほどの強風が吹き、詠唱のために前方に突き出していた手を帽子を押さえるために頭の上に持ってきてしまう。
おそらく両手でないと詠唱できないのだろう。赤の魔法陣は消え、先ほど出ていた炎も強風で掻き消えてしまった。
「――まだよ! 『サンダーボール』!!」
風がやむと、今度は両手のひらに黄色の魔法陣が出てくる。そして、稲妻の走った黄色い球体が、魔法陣から出てきた。
しかし、その頃には先ほどの炎で彼女の存在に気付いたゴブリンたちが、武器を片手にこちらに迫ってきている状態だった。
彼女は、それらに向かって、まるで野球の球を投げるかのようにサンダーボールを投げ飛ばすが……サンダーボールはゴブリンにかすれるどころか、あり経ない方向へ飛んでいく。
そのまま奥の洞窟の中へと吸い込まれていき、爆音を洞窟内で轟かせていた。
「ちょ! なんで当たらないのよ! さっきはちゃんと当たったじゃない!」
ゴブリンたちは眼前へと迫ってきていた。
ここからなら、先ほどのフレイムバーナーも当たるだろうが、それよりもゴブリンが切りかかる方が早いだろう。
恐怖か後悔か。彼女がそのことを理解しているかは知らないが、後方に倒れ腰を抜かし、思いっきり目をつむってしまっていた。
「――もう、ダメ」
あらゆる攻撃魔法を駆使しながら戦うウィザードは、先ほどの炎の魔法のように広範囲を殲滅したり、雷の魔法のように一体に対して強力な一撃を浴びせたりと、その攻撃魔法の特性上、中距離での戦いが基本となる。
まして、近距離で放つ魔法なんぞ、それこそ使用者自身も巻き込まれる危険性があるため、近接戦闘はそもそもできない仕様となっている。
――だからこそ、どう考えてもここは俺が助けるべきだ。
「ああクソったれ! こんなの契約外だ!」
金属同士が触れ合う音があたりに響き渡る。
決して耳心地の良くないその音は、彼女の目を開けさせるのには、きっと十分な音量だったのだろう。
「――ヘージ!」
腕が痛い、肩が痛い、思いっきり走ったから足も痛い。せめてもの救いはゴブリンがジャンプして切りかかってきてくれたことだろう。
向こう側に踏ん張る要素はなく、ゴブリン自体も軽いため、軽々と……とはいかないが、弾き飛ばすことができた。
しかし、それが数倍の体躯をもつ相手となれば話も別だ。
「まずい、ゴブリンキングが来やがった。おいナノ!」
「は、はい!」
「目くらましの魔法は使えるか? なるべく広範囲に効果があるやつだ! あるなら早く使ってくれ!」
「わ、わかったわ!」
彼女は腰を抜かしたまま両手を重ね合わせる。
その間も、ゴブリンたちは俺たちを取り囲み、親玉であろうゴブリンキングは、のしのしとこちらに近づいてきていた。
ゴブリンたちは、先に倒した方がいいであろう俺をターゲットし、次々と切りかかってくる。
どうやら俺は、敵から弱く見られるのに天才的な才能があるようだ。
攻撃に転じさえせず、守りに集中すれば何とかギリギリさばけるが、それでも親玉がこちらに到着すれば一瞬で体制が崩れるだろう。
「まだか! はやくしろ!」
「わかってるわよ! 『ミストアウト』!」
重ね合わせた彼女の手のひらから、青い魔法陣が出てくると、その中から大量の霧が勢いよく噴出される。
その範囲は洞窟付近の森を覆い隠せてしまうほどの巨大なものだった。
「――今だ! 逃げるぞ」
無理矢理ナノの手を引いて立ち上がらせ、そのまま走って逃げる。あのまま攻撃に転じようにも分が悪すぎるため体制を立て直す必要があった。もちろん、ナノを立ち上がらせたら手は速攻で離した。俺もそこまでお人よしじゃない。
いきなりのことで相手もビックリしたらしく、そのおかげでこちらを早く見失ってくれたようだ。無我夢中で走ったが、振り返っても追手っ手の姿はなかった。
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