嫌よ嫌よ嫌なのよ

おくとりょう

蝸牛なんか大嫌い【雨宿り×籠もる×五月晴れ】

 カタツムリが嫌いだ。

 見た目だけじゃない。

 梅雨の時期にはイラストのモチーフに引っ張りだこなのが、気に食わない。こんなの、ただ巻貝を背負っただけのナメクジなのに。

「背負ってるだけじゃないよ」

 横で先輩が笑った。

「殻を取ったら、死んじゃうんだから」

 窓から覗く空は雲に覆われていて、雨の止む気配はない。


 先輩は、高校の美術部の先輩だ。勿論、絵は上手いのだけど、運動や勉強も出来て、友達も多い。

 うちの高校の文化部員には、珍しい“陽キャ”で“リア充”だ。

「まぁでも、どっちかっていうと、アジサイの方が好きかな」

 こうやって私みたいなねっとり陰気な捻くれ者にも声をかけてくれる。

「そんなに派手じゃないけど、雨を物ともせず咲いてる感じが素敵だよね。

 薄暗い雨の中のアジサイを見たことある?」


 その微笑みは、外の雨を忘れそうになるくらいに明るく眩しい。

 失恋したことも忘れそうになるくらいに。


「…アジサイって、毒があるでしょ?」

 頬杖をつくと、外を物憂げに見つめて、ひとりごちる。

「いくつか毒を持ってるんだけど、アルミ毒があるって聴いたことない?

あれは周りのアルミニウムを吸収するからなんだって。

 他の植物にとってアルミは毒なのに、アジサイはわざわざ集めて溜め込んでるんだ。

 そして、それがあの花を鮮やかに色づける。

 雨を彩る毒の花。

 他の花のように華やかでなくても…。

 …そういうところこそ、素敵だと思ってたんだけどな」

 外が先ほどより暗く感じる。

 雨脚が強くなってきた。もうしばらく止むことはないだろう。

「…。『毒だらけな私には、人気者のあなたは眩し過ぎるんです』って言われちゃった」


 先輩は寂しげに口元を緩めた。

「あはは…。

ポエムみたいなこと言っちゃって、ごめんね。

みんなには内緒にしててね」

 廊下で雨垂れの音が響いている。古い校舎らしいので、どこか雨漏りもしているのかもしれない。

 締め切った教室には、湿った空気が満ちている。教壇の白熱灯が点滅した。もうそろそろ取り替えるべきなのだろう。


 ふと見上げると、先輩はスマホで何か調べているようだった。

「…へぇー。

 ナメクジって、カタツムリが進化して殻が無くなった姿らしいよ」

 画面を見つめる先輩の瞳が一瞬濡れているように見えた。

だけど、きっと気のせいだ。優しく微笑む先輩の瞳にはいつも通りの光が灯っている。

「貝を捨てて、わざわざ嫌われ者の姿を選ぶなんて…。一体何があったのかな」


 雨と雨垂れの音だけが響く教室は、何だか世界から切り離されたみたいだった。

「みんなから好かれるのと幸せなことって、同じじゃないんだなぁ…」

 小さなため息をつくように呟いたとき、ガラガラっと教室の扉が開いた。

「何だ。まだ残ってたのか。

 早く帰れよー」

「先生ぇー!傘忘れちゃったんですよ!

 貸して下さーい☆」

 いつもと変わらない明るい先輩の声を聴きながら、窓の外へ目をやると、雲間から太陽が見えていた。

 日が沈む前には、青空が見れそうだ。その青を思い浮かべて、私はぎゅうっと視界を閉じる。

「それでも、嫌われ者になる勇気はないや」

 やっぱりカタツムリなんて嫌いだ。

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