不自由な僕らは 七
ポ助の言った通り、山のあちこちで黒い獣が暴れていた。
胸を裂かれるような声を上げて鳴き、苦痛を訴えるようにあちこちに体をぶつけている。
「あの時、核の所に黒い獣がいておかしいと思ったんだ」
シタは呟き、あの獣の様子を思い出す。
暴れる事も泣く事もなく、暗闇でじっとしていた。おそらく核がトイの重苦しい感情を溜め込んでいたのだろう。
前の文明が滅びた時から、何千年も。
「推測でしかないが、トイが望まなかったから黒い獣は暴れなかったんだ」
それがトイの死を前に、行き場を失くして暴れ出したのだろう。
「黒い獣が現れたと息子から報告は受けていたが、世迷言だと思っていた……」
社長が声に後悔を滲ませる。
何体もの黒い獣に襲われながら山を駆け下りたが、不思議なことに一歩山から出ると獣たちはそれ以上は追って来なかった。
ただ悔しそうに吼えるだけだ。
「あぁ、そうか。書塔がこの山ごと隠してしまっているんだ」
シタが呟くと、ウナとカカも本の中でトイから聞いた話を思い出したようだった。
「それじゃあ書塔がなくなっちゃうじゃないですか!」
カカが慌てた声を出す。
「そうだろうな。塔を建てたその契約者が死を望んでいるのだから」
契約が無効になろうとしている。シタはそう感じていた。
シタたちが命からがら逃げてきたというのに町は驚くほどいつも通りで、犬の散歩をする女性もジョギングをする男性も、バス停に座るお婆さんまで何も変わらず穏やかだ。
山で起きている事態を気にする事ができない、そういった様子だった。
シタたちの事も、まるで見えていないようにそこには日常が流れている。
やっと状況を把握した社員たちが、警察と救急車を呼びに行った。
「これが彗星石なのか……」
黒い獣たちのはびこる山を呆然と見つめながら、社長が呟く。
「そうだ。滅亡の神話は全て事実なんだ」
「そんな……。せっかくここまでやったのに……人類の進歩に貢献しない、愚かな国の役人たちに教えてやらねばと、ここまで頑張ってきたのに……」
もう社長に、あの日の面影はなかった。
「だからって悪い事をしちゃいけないでしょ」
ウナがフンッ! と言うと、社長は頭を振る。
「法律なんて所詮は人間が作ったものだ。時代に合わせて正しさがどんどん変わっていくのを見てきた。百年前の正しさが今では悪だ。そんな物だから、私は法律を作った人間たちが間違えたのだと思って疑わなかった」
シタたちは社長の独白を黙って聞く。
「神話が史実だなどと誰が思うんだ? あんなものは国のトップたちが都合のいいように書いた物語だ。そう思うだろう? だから光水は人類の宝で、責任を被りたくない役人たちのせいでそれを利用できずにいると私が結論付けたのは当然だろう!」
「その考えを証明するために、社員たちに随分と酷い扱いをしてきたようじゃないか」
シタの指摘に「違うんだ」と社長は訴える。
「正しい事でも国が認めていないと悪になるんだ。そんな事をしているのだから、こちらだって用心はするだろう! 彼らの体の事を言っているのなら、あれは問題のない行為だ。魂だけになった者に別の体を与えて何が悪い! 人間は死を超越できるんだぞ⁉ それとも何か? 魂だけになって逃げ出した社員を捕まえて会社に戻した話か⁉ 秘密を知っている人間を、例え魂だけとはいえ解放してやれると思っているのか!」
そこまで言うと、社長は荒く息を吐いた。
「国の意識を変えようとしていたのだ。多少の犠牲は仕方ない。元々そういうつもりで光信社を立ち上げたんだ」
「まるで自分が立ち上げたような言い草じゃないか」
シタが言うと社長は「そうだ」と呟く。
「私は光信社を立ち上げた、初代の社長だ。息子たちの体を奪ってここまでやって来た。私じゃなければ駄目だったのだ。私じゃなければ出来ない事だったのだ……」
社長の独白はそこまでだった。
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