不自由な僕らは 六
「トイ、どうした? さっきからおかしいぞ」
シタの言葉には答えず、トイが続ける。
「新たな契約を結ぶにはそれに関わる本人がいる必要があるけれど、契約の破棄や渡してしまった代償を取り戻すのなら本人が家族と認める誰かがいればできる」
シタは首を傾げて聞くが、トイはなおも続ける。
「いいかい? 契約書は最終巻にある。破棄するには代償がいるが、主の書き換えなら代償はいらない。上手くやるんだ」
「なんで急にこんな話をしてくれたの? 今までずっと教えてくれなかったのに」
ウナが首を傾げると、トイが柔らかく笑った。
「今しかないからね」
「どういう事だ?」
シタが聞くとトイは「塔以外の場所から入って来るようにって言ったろう?」と言ってから「自殺中なんだ」と告げた。
三人は思わず目を見開き、言葉を失って慌てふためく。
「塔の真下で悪い事をしている奴らがいたからね。そいつらを利用して塔の核に塩を撒かせてるんだよ。僕は塔と一緒にしか死ねないんだ。それでももし書塔が残ってしまったら、その時は頼むよ。って、三人ともどうしたんだい?」
「いや、それが……体の置き場所が無くて、三人とも塔から入って来たんだ」
「なんだって⁉ もう崩壊が始まっているのに!」
トイは叫ぶなり、シャンシャンとやかましく帰りの土鈴を鳴らす。
目が覚めるとすぐに体のあちこちに痛みを感じた。息を整えようとすれば土煙に咽せ、身じろぎをすれば背中の下の瓦礫が崩れた。
どうも自分は瓦礫の山の上にいるらしい。そして瓦礫の山の中に鎮座する彗星石の石柱が見えると、塔が崩れて地下の核の所に落ちてきたらしいとシタは気付く。
カカとウナもゴソゴソと目を覚まし始めたところだ。
「二人とも、ここは瓦礫の上だからあまり動くなよ!」
シタはそう言ってから、ザクザクこちらにやってくる足音を聞いた。
シタが足場を崩さぬように慎重に起き上がると、塩袋を担いで歩いてきたのは例の光信社の社長だ。
社長は口をだらりと開け、目は虚ろで、無心で瓦礫の山をのぼり始めた。
「あれって、彗星石に操られてるのかな?」
いつの間にか隣まで降りてきていたウナが聞く。
「彗星石を使っているトイに、操られているのだろうな」
シタは答えると、他にも大勢の男たちがいるのに気付く。男たちは皆だらりと口を開け、どこも見ていないような目つきで塩袋を運んでいる。
「ここで採取していたのって、光信社の人たちだったんですね」
頭からも腕からも血を流すカカが言いながら、ビクビクと降りて来る。
「しかしこれほどの大崩落があったのだから、救急車や野次馬で騒がしくなっていてもいいだろうに、人気が無さすぎるな」
シタはすっかり崩れて空が見えている洞穴の中から耳を澄ませてみたが、聞こえるのは獣の足音くらいだ。
シタは塔の核に塩を撒く社長の腕を掴み「おい」と呼び掛けてみた。
「聞こえているのか? 正気に戻れ」
体を揺すってもガクンガクンと不安定に揺れるばかりで、こちらを見る素振りもない。
「仕方ないな。すまない」
シタは謝ってから、社長の顔面に思い切り拳を叩き込んだ。
すると社長は目を白黒させ、ん? と首を傾げてから頬に手をやった。
「気付いたか!」
「なんだ? なんなんだ?」
動揺する社長は、塩袋を担いだ社員が無心で瓦礫の山をのぼろうとするのを見てさらにたじろいだ。
「さんざん悪い事をしてきたのだから分かるだろう? これは彗星石だ。お前たちは彗星石に操られていたんだ」
ゴゴゴゴッと地鳴りが響く。それに加えて、彗星石の石柱が瓦礫の中でパキパキと音をさせ始めた。
「とにかく山を下りるぞ! 操られてる人たちは殴れば正気に戻るから」
「シタ! シタ!」
シタが掛け出そうとした時、頭上から声が掛けられた。
そしてポーンと放り投げられたのは、塔を壊す時に使った岩塩の槍だ。
「ポ助! どうなってる?」
「まずいぞ! 山中に黒い獣が溢れかえってる!」
そんなぁ、とカカがひっくり返った声を出す。
その横で、ウナは社員を殴ってその手に持っていた塩袋を奪い取っていた。
「泣く暇なんてないんだからね! 走るよ!」
四人は槍を構えたシタを先頭に、手当たり次第に社員を殴りながら麓のバス停を目指した。
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