不自由な僕らは 三
「彗星石が精神に干渉すると気付いたのは、妻に離婚されたばかりの大学の教授だった。彼はね、この研究で成果をあげれば妻を呼び戻せると思っていたんだ。けれど他の若い奴らに先を越され、つい疲れを知らない体が欲しい、と願ってしまった」
彗星石がその願いを契約として遂行したのをきっかけに、教授は彗星石が精神に干渉できる事を知った。
そこから研究が進められると契約の事や代償の事なども分かってきて、これは広まっては不味いぞと気付いた頃には、彗星石は町のあちこちで繁殖していた。
ビルの壁を割り、地面から突き出し、川を堰き止めた彗星石は、それでも人々の心の拠り所になってしまったのだ。
契約をすれば体を交換する事もできるし、鳥になって空だって飛べる。死んでしまったあの人の魂を呼んで話しをする事だってできるのだ。
国が注意喚起をしても、聞く人はいなかった。
「でも人間っていうのは勝手なものでね、なにか問題が起きるとそれは自分以外の誰かのせいなんだ。魂の行方不明や体の乗っ取りが起きるたびに、父が責められた。お前があんな物を持ち込まなければってね。離婚した母と、母に付いて行った僕まで批判に遭ったんだ」
トイは伏し目がちに話す。
「それは、いくつの時の話なんだ?」
シタが聞くと、トイは「父が採取に成功したのは、僕が七歳の時」と答える。
「誰からか、発狂しそうな想いを彗星石に押し付けて黒い獣が現れるようになったのが十四歳の時だったよ。その時には母の体はもぬけの殻だったし、父は研究に没頭していた」
「神話で聞くよりずっと酷い話だね」
カカが眉間に皺を寄せて呟く。
「酷いのはこの後さ。人の暮らすところにはそこら中に黒い獣が現れるんだからね。分かるかな? 原因は明らかなんだ。それなのに誰も、彗星石に重い感情を押し付ける事を止めようとしない。これはもう、滅亡は免れないんじゃないかと思ったよ」
そうしてトイは十五歳の時、友人と二人で旅に出た。
それは知らない人たちからの批判や暴力から逃げる為でもあったし、話を聞いて滅亡に立ち向かってくれる人たちを探す為でもあった。
何の進展もないまま数年が経ち、欠かさずつけていた日記は終末記録のようになってきた。
そして、驚くほど呆気なく文明は崩壊していったのだ。
黒い獣に立ち向かうため法律なんか無視して人々は武器を取ったし、仕事をするより畑を耕した方がよっぽど生きられる。店を開ける店員がいないのだから。
番犬には機械の体を与え、獰猛な熊なんかの生き物を見つけては、そこに従順な鳥や猫の魂を入れ込んだ。
日を追うごとに黒い獣は増えていき、彗星石は山すら覆った。
「あの機械鳥たちもね、中に入っているのは本物の鳥の魂なんだ」
トイは頭上を指さしながら言った。
「しかし聞けば聞くほど、よくトイが八十一歳になるまで保ったものだな」
「そりゃあね、人間ってしぶといから。でも晩年になるにつれて、人の暮らしている場所の噂を頼りに探し歩くようになったよ」
シタの言葉に、トイは答えながら目を閉じた。
その時、ふとトイの姿がザラザラと砂嵐のようにブレた。しかしすぐに元通りになったので、気にはなったものの特に聞こうとは思わなかった。
「さて、ページを進めようか」
トイは言いながら、覆いかぶさる枝葉を掻き分けて歩き始めた。
「どこへ向かっているんだ?」
シタが聞くとトイは少し振り返り、悲しそうな声音で答える。
「ここは僕が二十四歳の時の記録だからね。この先に友人がいるんだよ」
ほら見てごらん、と言われた先にいたのは機械鳥にバランスを崩され、今まさに崖から落ちようとしている男だった。
男は捕まえたばかりらしくまだ足に縄の付いた元気に跳ねまわる大ウサギを残して、崖下に落ちていった。
そして見たのはトイだ。
さっきまで目の前にいたはずのトイだ。
彼は崖の端に駆け寄って膝をつき、慟哭している。何度も崖下を覗き込んでは、助かりっこないとばかりに頭を振る。
そうしたのち彼は唐突に立ち上がると、持っていた杖でそこにあった彗星石の柱を狂ったように叩き始めた。
傍観者でしかない三人は、それをただ見ていた。
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