カラスの依頼 五

 シタはそれを、自身のアバターの腹にある差込口に差すと、中身を確認する。

「これは時間がかかりそうだな」


 そう呟いてから別の引き出しを開くと、小さな金庫があった。

 金庫は引き出しに作り付けられており、おそらく引き出しごと持って出ようとすると警報装置が作動するだろう。


 シタは仕方なくパスワードの解読を始めた。

 金庫を開けるためのパスワードは十分ごとに変わる仕様で、そのパスワードを閲覧するには古文を訳し、その古文で書かれた問題を解かなければならない。

 それが出来ると今度はクロスワードを解き、次のブラックジャックで勝利しろと言うのだ。そして最後に、初代社長の名前を正しく入力する。


 ここまでを十分でやらなければいけないのだ。でなければ『無効』と表示される。

 さらに問題は失敗するごとに難しくなっていく。

 シタはアバターにひと通りの辞書を登録してきた事に胸を撫で下ろしていた。


そして三回目にしてようやく成功し、金庫を開ける。金庫の中にはもう一つ、USBメモリーが入っていた。

 それを腹に差して確認すると、シタは驚いた。

 裏従業員名簿だ。


 そこにはどの魂がどの体を使っているのかが書かれていた。

 つまり元々の体が死亡しても、秘密を知った魂は逃がさず保存してある別の人間の体を使って働かせるのだ。

 さらに仕事の割り振りや、先月までの進捗の報告書まである。

 シタはUSBを腹から抜くと、ごくんと飲み込んで隠した。


「さぁ、ボス。あとは逃げるだけだ」

「そうか! これであいつは助かるんだな?」

「あぁ。これを持って警察に行けば匿ってもらえるだろう」


 思わぬ事で会社さえも潰せそうな証拠を握ってしまったが、とシタは思う。

「急いで体を取りに行こう」

 二人はそう言い、サキの向かった地下鉄の方から地上へ出る事にした。


 貨物列車の駅にはすぐに着いたが、驚いたのはその地下道が地下街に繋がっていた事だ。

 そこには何も知らない普通の買い物客が溢れている。

 しかし驚いてなどいられない二人は、今度は人目も気にせず地下街を飛ぶ。


 風呂敷を持ったカラスの姿はきっと写真に撮られただろうが、カイが逃げる時の囮になる。どうせ自分は狙われているのだから、とシタは思った。

 そこへ別のカラスが飛んで来る。


「カァ!」

「アホー! アホー!」

 そのカラスと会話をしたあと、ボスは言った。

「まずいぞ。お前の体が救急車で運ばれた」

「何だって⁉」


 慌てて公園へ行ってみるとすでに体も救急車もなく、野次馬も散って行くところだった。

「この近くの救急病院は一箇所だ。向かってくれ!」

 そうしてカラスの大群とシタは救急車を追いかける。


 案内役のカラスたちが食い物の匂いに釣られたり、ビルのガラスに突っ込んだりして離脱していったが、何とか病院の手前の橋の上で追いついた。

 シタが救急車のフロントガラスに張り付いて必死に訴えると、初めは驚いた顔をした救急隊員たちだったが、事情を察して呆れ顔になった。

 降りてきた救急隊員にたっぷり説教され、シタとボスはようやく解放される。


「それじゃあ、もうこんな事の無いようにね。アバターを使う時はその辺に体を放置しちゃダメだよ!」

「はい。本当に申し訳ありませんでした」

 シタが謝ると「それから」と隊員は言う。

「社長さんが自分もサイ病院に向かうと言っていたから、お礼を言っておくんだよ」

「社長ですか?」


 嫌な予感がして、シタは聞き返す。

「あぁ。君、光信社の社員なんだろう? 救急車を呼んでくれたのも社長さんだよ」

 思わずゾッとして「いいえ!」と慌てて否定する。


「私は探偵のシタです! 決してあそこの社員なんかじゃありません!」

「そうなの? 誰かと間違えたのかな? 分かった。こちらで病院の方に連絡しておくから、社長さんにも伝えてもらうよ」


 シタは返事もそこそこに、さっきまで入っていた子猫のアバターを抱えてカラスたちのネグラに帰って行く。


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