奇物サーカス 九

 獣さえ近寄れなかった光が治まっていく気配を感じて焦り出すシタ。

 すると集霊器に貫かれた本を中心に、凍てつくような空気が流れ始めた。それはあっという間に辺りを包み込んでガタガタと震えるほどになった。

 蝉の声さえ聞こえていると言うのにだ。

 白い雪煙の中、本を拾い上げたのはよく知る顔だった。


「トイ! どうして……」

 そこには緑のローブに茶色い服、雪靴をはいたトイが立っている。

「それは僕の方が聞きたいよ」

 そう言いながらもトイは周囲をキョロキョロと見てから手の中の本と集霊器に視線を落とし「そういう事か」と呟いた。


「塔の核があったんだね」

「え?」

 そのトイの言葉に、シタは胸がキュッと詰まる感じがした。

「まだ言っていないのに何故それを知ってるんだ?」

「最終巻と塔の核に塔の主がいるんだから、こんな事もあるだろうさ」


 答えになっていない言葉を言ってから、トイはローブの中から白色の銃を取り出す。

 それは前文明の人たちが黒い獣と戦う時に使っていた『フリーズド』という名の、相手を凍らせる銃だ。


 トイがフリーズドを撃つと、黒い獣たちは次々に襲い掛かってきた。

 まるで死に急ぐように。

「団長! ありったけの塩を持って来い!」

 そう叫んだシタの言葉に、意外にも団長は素直に従った。

 そうしてトラックから溢れた黒い獣はあっという間に氷漬けになっていく。


「じゃあ僕は戻るよ。話は最終巻の中でしよう」

 全ての黒い獣が凍ってしまうと、トイは雪と共に帰っていった。

 ポトリと本が落ちる。


 それから夏の日差しに氷が解け切る前に、シタたちは団長も協力して黒い獣に塩を撒いていく。

 サーカスはお開き。片付けに追われる団員たちを尻目に、シタたちは団長と沼地に座り込み向かい合っていた。


「お前の欲しがっているこれはただの奇物じゃない」

 シタが言うと、団長は無機質な手をひらひらと振って「今のを見れば馬鹿でも分かるだろう」と吐き捨てる。


 ウナはシタの隣にぴったりと寄り添って座り、膝にポ助を抱いている。

 殺伐としていたのが嘘のように、シタたちは落ち着いた雰囲気の中で会話をしていた。


「お前の持っているそれを奪えと言われてやったんだけどな、こんなやばそうな物ならいらねぇよ」

「そうか。お前は命令されていたのか。じゃあ光水核を作ってるのもお前じゃないんじゃないか?」

「当たり前だろう。あんな物を作れるならもっと効率よく売り捌いてるよ」

「あれを誰にもらった?」


 シタが聞くと、団長はじろりと見てから「聞かない方がいいと思うぞ」と言う。

「そういう訳にもいかないさ。狙われているんだからな」

「まぁな……あぁ、俺は知らねぇや」

「嘘だな。これでお前の嘘は二つ見抜いたぞ。お前、違法アバターを盗まれたっていう依頼人のサキだろう」


 シタがそう言った途端、サキは「なっ!」とか「あっ!」とか声を上げてアタフタし始めた。

「やっぱりか」

「なんでバレたんだ?」

 サキはシタに聞く。


「私を先生と呼んだのはお前だけだ」

「そんな事かぁ! 探偵って先生じゃねぇのかよ」

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