奇物サーカス 三

 ウナに関しては分からない事ばかりなのだ。

 トイが彼女の事を言った、石の娘という言葉。ウナの失くした好奇心。二年前から急に失くした記憶。

 まぁ、記憶に関してはワッカ爺さんの死が原因だろうが、とシタは思う。


 彼女が記憶を失くしたのは、書塔の前の所有者でカカの遠縁のお爺さんであるワッカが亡くなったその日だった。

 湯気の立つコーヒーを傍らに、眠るようにして机に倒れ込んでいたワッカ。その横に立ち尽くして涙を流すウナ。ワッカの死因は老衰だった。


 そして塔は、高校三年生で塔によく通って仕事を手伝っていたカカが継いだ。

 今から六年ほど前にワッカに住み込みのバイトとして雇われていたウナとカカは、その日から母屋と離れで暮らしているのだ。


「とにかく」とシタはウナを向く。

「今日はゆっくり休め。私は最終巻を借りたらすぐに出るから」

 カカに背中を撫でられていたウナは震えこそ止まったようだが、まだ顔色が悪い。

 けれどウナは、しっかりとシタを見返して言った。


「私も一緒に仕事に連れて行ってくれない? 自分の過去とか特に興味もないけど、自分のトラウマが何なのかぐらいは知っておきたいの」

「何もこんな方法で知らなくてもいいだろう」

「行かなきゃ分からないかもしれないでしょ。私が奇物サーカスの悪人とかだったらどうするの?」

「そんな訳はないだろう。高校卒業してすぐここで働き始めたのだから」

「そんなの誰にも分からないでしょ?」


 しかし、とシタは思う。

 彼女に関しては孤児院の出だと言うこと以外はカカさえ何も知らない。おそらく、知っているのはワッカだけだっただろう。

 そんな事を考えながら、シタはウナの曲がらない視線を受けて溜め息を吐く。


「今回だけは助手として連れて行こう」

「そんな……やめて下さいよ!」

 またもカカは泣きそうな声を上げるけれど、今回はウナが説得してくれる。

 そんなこんなと色々あり、シタはウナと途中の池で拾ったビショビショのポ助を車に乗せ、サーカスの出ている沼地へと向かう。

 シタは車を走らせながら、そういえばウナがアバターを使っている所も見た事がないよな、と思った。



 サーカスは沼地のほとりに出ており、そこにはいくつもの赤に黄色の縞模様のテントが並んでいた。

 正面の三つのテントは奇物の展示とショーが行われている表。

 そこから沼地の中を木の足場を通って奥へ。すると『関係者以外立ち入り禁止』の看板が見えてくる。


「よし、あそこだ。いいな? ポ助。このリュックを失くすんじゃないぞ」

 シタはポ助に小さなリュックを背負わせながら言った。その中には例の集霊器と彗星石の欠片を入れてある。


「まかせとけ! 俺は体から解放された成功者の魂って事でいいんだよな?」

「そういう事だ。人だった頃は? と聞かれたら、解放されたので全て忘れましたと答えればいい」

「そんでリュックの中にはかつての自分の体の遺骨が入ってるんだろ? 完璧じゃねぇか」


 得意げに尻尾を振るポ助の頭を撫でてシタが立ち上がると、ウナは無表情でこぶしを握っていた。

「ウナ。今からでも引き返せ。車で待っていたらいいから」

「行く。知らないと怖いもん」


 なるほどな、とシタは思った。

 好奇心がないはずのウナが、どうしてこうも頑なに付いてくるのか分からなかったが、それは恐怖からだったのだ。

「じゃあ入るぞ」

 シタは合図して、テントの暖簾をくぐる。

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