14 潜入!マンクス製薬ビル

 駅前にどーんとそびえ立つマンクス製薬せいやくビル。


 巨大きょだいなビルのとなりはショッピングモールで、もうすぐ開店のはずだけどしーんとして人の気配がしない。日曜日なのにありえないよね。それどころか、地下鉄の駅から上がってくる人もいない。もしかして電車も止まっちゃってるのかな?


 マンクス製薬せいやくビルのデーンと横に広い自動ドアは一つだけ開いていたけど、入口のガードマンもゆかに丸くなってねむっている。


「ほんとにみんな眠ってるんだな…」

 ゆすってもたたいても全然ぜんぜん起きないガードマンのおじさんに、コタツはあらためて信じられないというようだった。


「パパはどこだ?」

「ええと、研究室けんきゅうしつだから14かいから20階のどこかのはず」


 エレベーターホールの案内あんないモニターを見ながらわたしは答える。フロアごとに営業部えいぎょうぶ総務部そうむぶと書かれていて、パパがいるのはきっと開発部かいはつぶ研究室けんきゅうしつ。21階は会議室かいぎしつ社員食堂しゃいんしょくどうで、22階が社長室しゃちょうしつと書いてある。


 わたしたちはまず14階で下りた。電気が消えていて薄暗うすぐらく、あまりにしずかだ。

「今日は日曜日だから会社は休みなんだろう?」

「うん、でもパパは昨日からトラブルで帰れないって。だから他にものこってる人がいるかも」

「わかった。さがそう」


「おぉーい! こっち!」

 コタツが大きな声でんだので、わたしたちは走った。そこには、すわったままガラスがついた安全キャビネットに手をつっこんでているおじさんがいて思わずぎょっとする。


「だいじょうぶですかー? おーい起きろよー!」

 ゆっさゆさしても、顔をペチペチしてもダメ。おじさんは半口を開けながら気持ちよさそうに熟睡じゅくすいしている。


「いすから落としてみるか?」

「やめとけよクロツキ! いいゆめ見てますって顔してるじゃん」

 14階にこのおじさん以外はいなかった。


 15かいだれもいない。16階、17階、18階…人はいても、みんな心地ここちよさそうに眠っている。ゆかにぺたんこになったり、たてに長くびていたり、たまにあお向けでおなかを見せていたり、まるでネコだ。


 しかも研究室けんきゅうしつはどのフロアも同じような見た目だし、このまま何度繰かえしてもパパは見つからないのかも…

 だんだん不安ふあんが大きくなっていく。


 それでもコタツもクロツキもさがつづけてくれた。わたしは途中とちゅうつかれてしまったけど、二人ともネコだから走るのが速いんだ。


 ついに20階。これが研究室の最後のフロアだ。エレベーターを下りると、今までとはちがう。ぽつぽつついていた廊下ろうかの電気が、このフロアだけ全部ついているんだ。

「それに人のにおいがするぞ」


「起きてくださいよー! 栗橋くりはしさーん! 永山ながやまさーん!」

 男の人の声。永山って言った!? きっとパパがいるんだ!


「パパ! パパッ!」

 コタツの声の方へダッシュして永山ながやまグループと書かれた部屋へやに入ると、二人のおじさんがゆかに丸くなってしあわせそうな顔でている。まちがいない、このメガネとちょっとたるんだおなかはわたしのパパだ。


「パパッ! 起きてよ! 大変なの、ママが起きないの! ねえ聞いてよパパ!」

 でもやっぱりゆすってもダメだ。せっかくここまで来たのにパパも同じだなんて、じわっとなみだが出て来る。


「あれ、凛花りんかちゃん? 永山ながやまさんのおじょうさんだよね?」

 となりで白衣はくいを着ているのは、さっき大きい声を出していた男の人だ。わたしのことを知っているの?


 そういえば見覚えがある。パパの仕事仲間しごとなかまでたしか…

「ヨシッチ?」

「そうそう! 一緒いっしょにバーベキュー行ったの覚えてる?」

 坊主頭ぼうずあたまのヨシッチに、ているもう一人はクリちゃんだ。去年、みんなでバーベキューをしに河原かわらへ行ったんだ。その時は一緒いっしょりをしたり、泳いだっけ。


「凛花ちゃんがここまで来るなんてどうしたの?」

「あのね、昨日からママがてばっかりで。パパとおんなじように何をやっても起きなくておかしいの。でもパパは帰ってこないし携帯けいたいもつながらないし、どうしたらいいのか分からなくて…」


「お母さんが? もしかしてお母さんだけじゃなくて他の人もそうなのかな?」

「うん。外を歩いている人がいなくて、まち全体がおかしいの」

「やっぱりそうか…、大変なことになってしまった」


「やっぱりって何? 何が起こっているか知ってるの? もしかしてパパがしたことなの!? ねぇ教えてよ!」

 わたしはヨシッチのうでにすがりついた。

 パパが悪いことをしているなんて思いたくないのと、やっぱりという気持ちがざり合って、苦いものがせり上がってくる。


「うん、説明するね。おじさんたちのグループが作ったくすりがあるんだ。スッキライザーZっていうんだけど」


 る前に飲むと時間できっかり起きられるくすりで、六時間用、七時間用、八時間用があるんだ。もう朝寝坊あさねぼう心配しんぱいがなくなるすばらしい薬だって、パパが言ってた。ものすごく売れてるからテレビで話題になっていて、うちのママも飲んでいるし、子供でも飲めるからさくらも使ってると話してた。


「ところが昨夜さくや、スッキライザーZに重大じゅうだい欠陥けっかんが見つかったんだ」

「欠陥って?」


「おもちゃで言う不良品ふりょうひんのことだよ。すぐに売られているくすり回収かいしゅうして原因げんいん特定とくていしなきゃならない。お父さんが言ってたトラブルっていうのはそれで、昨日からおじさんたちは対応たいおうしてるんだけど」


 日本全国で売れまくってるのを回収かいしゅうなんて、考えただけで大変そう。とんでもなく大きなトラブルなんじゃないの? 苦いものがイヤなドキドキに変わる。

「もしかして、みんな起きないのはスッキライザーZの欠陥けっかんのせいなの?」


「たぶんそうだ。何かのミスで、おじさんたちが開発かいはつしたのとはちが成分せいぶん薬工場くすりこうじょうざってしまったと思って調べていたんだ。そしたら、原料げんりょうから作り方から何もかもがまるでちがうんだよ。凛花りんかちゃんのお父さんが決めたのと、工場に指示しじされたものが」


 顔をしかめてヨシッチは続ける。


「ほんの少しちがうなら間違まちがいもありるけれど、まったちがってるんだからおかしい。だれかが作り方を書き変えて、工場にわたしたとした考えられない。それに気付いたお父さんは、本当の作り方を書いた手順書てじゅんしょさがした。けれどこの部屋へやにあったものがどこにも無いんだよ。辞書じしょよりも分厚ぶあついファイルが五冊ごさつとも。グループのメンバーはだれも持ち出していないのにね。それにパソコン上のデータも全部消されていた」


「全部ないの? それって偶然ぐうぜんくなっちゃったんじゃないよね?」

 そこでわたしにまた名探偵めいたんていレンのように閃光せんこうが走った。レンが召喚しょうかんした武将ぶしょう明智光秀あけちみつひでが言ってたじゃない。


「「犯人はんにんはこの会社内にあり!」」


「うん、その通り。こんなことができるのは会社内の人間だけだ。けどそれを話し合っているうちにみんなだんだんねむくなってきて、この状態じょうたいさ」

「ヨシッチはどうして眠くならなかったの?」


「おじさんは開発者だけどスッキライザーZを飲んでないんだ。毎朝五時起きでマラソンしてるから、飲む必要なくてさ。凛花りんかちゃんも飲まなかった?」

「うん。わたしも早起きは平気へいきだから」


「そっか。一体、会社内のだれがどんな目的もくてきでこんなことをしたのか分からないけれど、日本中が目覚めないなんてとにかく大変なことになってしまった。おじさんたちは薬を作った人たちだからどうにかしなきゃな」

 ヨシッチはそう言って立ち上がる。


「パパは…、わたしのパパが作り方を変えたんじゃないよね…?」

「ちがうよ。お父さんは十五年かけてスッキライザーZを作ってきたんだから、こんなことは絶対ぜったいしない。真犯人しんはんにんゆるすもんか」

 わたしの両肩りょうかたに手をかけてヨシッチははっきりと言ってくれた。


「コンピュータのバックアップデータを探してみようと思う。あと文書保管庫ぶんしょほかんこも行ってみるよ。凛花ちゃんはお友だちと一緒いっしょに帰れるかな?」

「パパもママもてるだけなんだよね? みんなこのまま死んじゃったりしないよね?」


「工場で使われていた成分せいぶん危険きけんなものはなかったよ。どうしてねむりっぱなしなのかはわからないけど、死んじゃうことはないから」

「わかった。がんばってねヨシッチ」


 するとずっと聞いていたクロツキが口を開く。

「このビルの中にネコはいませんか?」

「ネコ? 実験用じっけんようの動物なら地下二階にいるよ。でもネコはいたかなぁ?」

 ヨシッチは首をかしげた。


「じゃあ、おじさんは行くよ。動ける大人がなんとかしないとな!」

 研究室けんきゅうしつを後にするヨシッチを見送みおくる。どうか解決かいけつしてくれますように!


「おれたちは地下二階へ行こう」

 わたしはうなずいた。

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