第三十話 魔王と憧れの姉

 町が燃えている。


 見たことないはずなのにマオはその風景に見覚えがあった。


 だが、その中で一番に見覚えのあるものが燃え盛る町にそびえたっていた。


 全長は七階建てのビルに相当する約二十メートルの大きな右腕を持つ“巨神”は真っ直ぐ前を見詰める。

 その巨体を勢いよく揺れ動かしながら、町を焼き付くそうと炎の息を吐く巨大な“悪魔”へ駆け出した。


 ◇◆◇◆◇


 マオの意識は巨神の中へ移る。


 ◇◆◇◆◇


 巨神は二つの心を宿っていた。


 その中心、不思議な空間に浮かぶ台座──巨神の操縦席──に立つ一人の少年。

 幼い頃、小学五年生のマオだ。

 現在のマオの記憶にはない記憶であった。


『アカリ! これが最後の戦いだ。ダイがいなくても……たった二人だけでも勝って見せる。準備はいいか?!』


 敵を睨みながら幼いマオが巨神の中のもう一人に言う。

 その声は十歳とは思えない力強く、雄々しい口調であった。


『いいよ、マオちゃん。私の命、マオちゃんに預けるよ』


 もう一つの台座に座る十代後半ぐらいの少女が言った。


『絶対、勝ってね』

『当たり前だ……ダイマオー、いくぞォォォォー!!』


 吼えるマオに呼応して“ダイマオー”と呼ばれた巨神の身体が閃光する。


『食らえ、俺の一撃ッ!!』


 突撃するダイマオーが悪魔の両角を掴み、無理矢理引きちぎる。

 大量の鮮血を吹き出しながら悶える悪魔をダイマオーは更に攻撃を続けた。


『二撃、三撃、四撃! まだまだァー!!』


 激しい攻撃にたまらず悪魔は空の彼方へ逃げ去ろうとするも、ダイマオーは逃さず追撃する。


『こいつでとどめだ。アカリ、心を一つにしろ!』

『うん、わかった』

『俺たちの力が、ダイマオーのパワーを引き出す……』


『『シャイニング・スマッシャー!!』』


 ダイマオーの右掌から放たれる高出力のビームが背中を見せて逃走しようとする悪魔を塵一つ残さず消滅させた。


『やったな…………やったよ、アカリ姉ちゃん』

『うん! やったね、マオちゃん!』


 敵を倒し、地上に降り立つダイマオー。

 足元では消防士たちによる懸命な消火活動が始まっていた。


『これで戦いは終わったんだね?』

『そうだよ、アカリ姉ちゃん。僕たちの勝利だ!』


 台座から降りて少女アカリに飛び付くマオ。

 長い戦いに勝利した嬉しさでアカリは泣いていた。

 その表情はさっきまでの険しい顔から一転して、年相応の明るい笑顔に戻る。


『マオちゃん……約束、覚えてる?』

『え? う、うん! あれだね!? 覚えてるよ!!』

『……実はね…………好き人がいるの』

『うん…………え?』


 その時の幼いマオにはアカリの言葉が理解できなかった。

 厳密には、理解はしていたのだ。


『どういう、こと?』

『戦いが……終わったらね、結婚しようって約束した人がいるの』

『は……えっ、え??』

『ごめんね、こんなときに言うことじゃないんだけどね。でもでも、マオちゃんならわかってくれるかなぁ……って思って』


 涙を拭いながらアカリは言う。


『もしかして、その相手って……』

『本当にごめんね、マオちゃん……お姉ちゃん約束守れなくて』


 アカリは申し訳なさそうに笑って、自分に抱き付いている幼いマオの頭を撫でた。


『……そんなぁ……だって、アカリ姉ちゃんは僕とっ』


 マオの言葉は突然、起こった身体の変化で打ち消された。

 全身が燃えるように熱く、頭の中で何か爆発しているような煩い音が激しく鳴り響いている。


『あ、あぁ…………がっ……ぐぁ……!』

『マオちゃん? マオちゃん! どうしたの、マオちゃん?!』

『ふぅぅっ……く…………あぁぁ、うぅっあぁぁーっ!』


 急に倒れたマオを抱き起こして名前を呼ぶアカリ。

 だが、アカリがマオの身体に触れた瞬間、マオが苦痛の叫びを上げ、激しく暴れる。


『落ち着いて、マオちゃん!? 一体どうして……』


 暴れるマオを押さえながら困惑する表情のアカリ。

 その時、マオの目がカッと見開かれたところで、夢の世界は無慈悲にも幕を閉じるのだった。


 ◆◇◆◇◆


 マオの意識は現実に引き戻される。


 ◆◇◆◇◆


「…………あっ」


 窓から差し込む朝日がマオの顔を焼く。

 体から流れ出た大量の汗がベットを濡らし、喉の乾きが酷い。

 最悪の目覚めだった。



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