第2章 僕に合体させたいのは

第十六話 床下の魔王

 真宮家の冷蔵庫。

 製造メーカー不明。

 左右どちらからでも開けられる両開きドアで上段は冷凍になっているノンフロン小型タイプ。


 真宮雅─ミヤビ─は冷蔵庫のドアを右に二回、左に一回、右に三回、最後に冷凍を開けて棒つきアイス(オレンジ味)を取り出す。


 ガッチャン。


 床にしゃがむミヤビは普段は調味料やインスタンス食品の備蓄が保管してある冷暗所を開ける。

 しかし、そこにあったのは先が見えないほどの影が続いている梯子だった。

 口にアイスを加えたままミヤビは梯子を降りていく。


 どこまでも続く闇。

 深い底へ進み、ほんのりとした明かりが見えるところまで一分弱。

 ミヤビはひんやりとしたコンクリートの壁に包まれる薄暗い場所に到達した。


「……あ、おかりえなさい。雅さん」


 そこにいたのはエプロン姿の女性だった。

 モデルのようにスラッとした長身にウェーブがかった髪をした眼鏡美人。

 真宮家に仕える家政婦クロガネ・カイナだ。


「カイナさん、ミャーお腹すいたぁ! ご飯まだぁ?」


 食べ終わったアイスの棒を振ってミヤビが言う。


「もうそんな時間でしたか。すいません、うっかりしていました。眞央さんはもう帰って来られたんですか?」

「まだ。まーにぃ、また倒れたんだって。怪獣が来る前だったから何も知らないと思うけど」

「あらぁ……それは大変ですね。すぐにお布団の準備をしないと」


 カイナさんは周りに散らばった工具を手早く片付ける。


「アレは昔の怪獣とは違う。もっと別の何か関わってるに違いない」

「…………ねえ、カイナさん」

「はい、どうしました?」

「まーにぃ。どうなっちゃうの?」

「まだ様子見ですね。右京重工の方たちが何とかしてくれている間は」

「もし、まーにぃの力が今、目覚めちゃったら?」

「その時は……私が合体してでも止めてみせます。元はと言えば私が悪いんですから」


 カイナは暗闇の中でも雄々しく聳え立った“魔王”を見つめる。


「セネス病の特効薬が早く開発できたらいいんですけど……」

「…………ミャーはママの連れ子だから、昔のまーにぃのことはよく知らない。でも、まーにぃがミャーを“本当の妹じゃない”って思い出しちゃったら……」


 今にも泣き出しそうなミヤビをカイナはそっと抱き締める。


「大丈夫ですよ雅さん。その為に私がいるんです。一度掴んだ平和な日常は二度と奪わせはしません」


 柔らかな胸の中でミヤビは涙が渇れるまで泣き続けた。



 ◇◆◇◆◇



 騒動から二日。


 高校が臨時休校となり土曜日を向かえた朝。

 マオは自宅の裏手から数分歩いた丘の上にある古びた神社に来ていた。


 その名は真芯稲荷神社。

 

 と言ってもここを管理していた神主は何年も前に他界しており、現在は寂れて廃墟状態となっている。

 たまに近所の人間がボランティアで掃除に来るぐらいで滅多に参拝客も来ない小さな神社。

 そんな珍しい参拝客の一人がマオである。


「落ち着く」


 長い階段を上った先ある、森林に囲まれた境内。

 鳥居の左右にある石台には狐の像が片側に一つだけあった。

 一応、ブランコやシーソーなども置いてあり公園も兼ねた場所なのだが、やはりマオ以外には人の影ない。

 休みの日にはここで一人ベンチに座ってゲームをするのが楽しみなのだ。


「……あ、そうだ。お賽銭お賽銭」


 拝殿に近づき古びた賽銭箱の前に立つマオ。

 ポケットに入っていた五円玉を投げ入れると、今にも取れそうな鈴をガラガラと流してマオは心の中で祈る。


「平穏な日常が訪れますように……」

「何してるの?」


 急に後ろから声をかけられてマオは飛び上がって賽銭箱に倒れた。


「わぁっ?! れ、レフィ!? どうしてこんなところに?」

「探してた」


 相変わらずぼんやりとした顔でレフィは言った。


 初めて見る私服のレフィ。

 春らしい淡いピンク色のワンピースが風に揺れ、とても清楚な雰囲気を醸し出している。


「かわ、かわ……?」


 マオは口に出すのを止めた。

 それはレフィの肩に掛けられている物だ。

 赤いショルダーバックかと思えば長すぎる代物。


「これは…………護身用、的な?」

「刀でしょ?! この間、補導されたばかりじゃないか?」

「マオ君守るのに必要だから」

「休みの日ぐらい放っといて欲しいんだけどね!?」

「むぅ……レフィ、まだ町のこと知らない。マオ君、案内して」


 そう言ってレフィはマオの腕を引っ張り神社から連れ出そうとしていた。


「いやいや、僕じゃなくてもレフィは車であちこち行けるでしょ」

「もう首にした。レフィ一人暮らしで淋しい」


 マオは振り切ろうとするも華奢そうな腕から想像できないほどレフィの力は強かった。


「いぃ、痛い痛い! やめて! やめてくれぇ!」

「むぅ……わかった」


 マオに言われ素直に諦め、手を離すレフィ。

 だが諦めたわけではない。


「じゃあ、こう」


 カチャリ。


 ひんやりとした感触が腕伝わったのマオは確認する。

 それは手錠だった。

 マオが左手を上げるとレフィの右手も連動して上がる。


「なっ?! これはもしかして……あの時の警察官から」

「借りた」

「嘘つけ!?」


 穏やかな休日から一変、マオは半ば強制的にレフィの町案内をすることになってしまうのだった。

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