第九話 早朝、少女たちの争奪戦

 レフィが来てから一週間が過ぎる。

 その間、マオに安らぎの時間はなかった。


「マオ君! 今日こそは合体を……」

「させませんっ!!」


 朝から騒がしく始まるミツキとレフィのマオ争奪戦。

 端から見れば羨ましい光景に違いないがマオ当人にとっては深刻な問題だ。


「マオ君……目覚めの、チュー」

「こらぁレフィ!! まーにぃを起こしていいのはミャーだけなの!!」


 勝手に部屋の中に入り大胆行動のレフィ。


「マオ! 着替えは乗りながらして! 飛ばすよぉ!!」

「あばばばばばばばば」


 レフィに先を越されまいと、日が昇始めたと同時に早朝ツーリングへと連れていくミツキ。


 それから学校に到着する頃には既にマオの体はヘトヘト状態だった。


 もちろん彼女たちの奪い合いは、朝だけでは終わらない。


「マオ君」

「マオ!」


 休み時間もレフィのスキップは止まることはなく、しょっちゅうミツキと喧嘩に発展していく。


「勘弁してくれよ……」


 多い日は一日に制服のシャツも五枚ぐらい着替えて、水分補給もスポーツ系の部活をやる生徒が持ってくるようなデカい水筒を持参している。

 ほぼ毎日、こんな調子では続くようでは体が持たなかった。


「どうしてレフィは僕に付きまとうのさ?!」


 担任教師の急な体調不良のために自習時間の教室。

 シャツをハンガーに掛け、窓際で乾かしながマオはレフィに質問した。


「前も言った。ムリョウとメイコに頼まれた」

「でもマオのご両親から何も連絡は来ないんでしょ?」

「うん……応答なし」


 海外にいる両親は仕事の関係で滅多に家に帰らない。

 電話は基本的に繋がらないが、メールは時間はかかっても必ず返ってくる。

 しかし、今回はメールすら返事がなくマオも妹ミヤビも心配していた。


「むぅ……レフィ嘘ついてない」

「じゃあ合体って何なのさ?」

「マオ君はレフィにとってヒーローだから」

「答えになってなくない?」

「それは……」

「もういいじゃないマオ! そんなの何だって」


 間に入ってレフィの言葉を遮るミツキ。


「……じゃあさ、レフィは僕の病気のこと知ってるの?」

「もちろん知ってる、でも大丈夫だよ。レフィにはこれがある」


 そう言うとレフィは毎日、肌身離さず持っている子供の背丈ほどある細長い布袋から木刀を取り出す。 


「レフィは強い。剣のウデマエはタツジン級……はぁっ!!」

「あ、危なっ!?」

「きゃっ?!」


 ブン、と二人の目の前と木刀を振り回すレフィ。

 どう見ても外人特有のサムライかぶれにしか見えなかった。



 ◇◆◇◆◇



 正午。

 昼休みの昼食タイムが始まる。

 学食に向かう者。教室で持参した弁当を食べる者。食事をせずに駄弁る者。


「学校の屋上はいい……誰もいなくて静かだ」


 たまには一人で静かに昼食をとりたい気分のマオ。

 ミツキとレフィを振り切って、普段は閉鎖されている屋上までやって来た。


「普通の人は無理だけど、僕は小窓を抜けられるんだよね」


 こう言う時だけ小学生な体型を感謝した。

 マオは日陰になっている鉄の扉に寄りかかると、持ってきた弁当箱から家政婦のカイナさん特製のハムチーズサンドイッチを頬張る。

 厚めなハムのしょっぱさとチーズの甘さ、トーストしたパンの香ばしさマッチして最高だった。


「あぁ、幸せだ」


 雲ひとつない青空、穏やかな日射し、小鳥のさえずり。

 こんな平穏な食事は久し振りだった。


 サンドイッチを食べ終わり、マオはぼんやりと景色を眺める。


「……合体か」


 レフィが言った一言が気になった。

 頭の中でとても人には言えないピンク色の妄想が浮かび上がる。


「ダメだダメだっ! ダメだぞ真宮眞央! だって僕は……僕は」


 知覚神経系機能過敏性症候群。

 通称、セネス病。

 人に触れると身体に異常を起こしてしまう奇病を持っているのだ。


「…………くそっ」


 マオはドアノブを力付く握りって扉を開けようとするが内側から鍵がかかっている。


 セネス病には過剰なアレルギー反応以外にも、肉体を超常的な身体能力に向上させる副反応があった。


 普段は気絶することでセーフティとなっている症状だが、そこからさらに生命維持の限界に近付いた時に発揮される。

 その昔、マオはその力で不良グループから同級生を救ったことがあった。


「違う! 僕はヒーローなんかじゃない……この力は」


 当時のことを思い出した悲しみで泣き崩れるマオ。

 それはマオにとって、とても辛く嫌な事件だったのだ。


 ガコン。


 そんな時、背後で何か重たいものでも落ちたかのような激しい金属音が鳴り響いた。

 屋上には自分以外いないはず、とマオは恐る恐る後ろを振り返る。

 それを見た瞬間、マオは言葉を失った。

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