間話
気がつけばここにいた。
「あらあらあら、まぁ」
随分と間延びした声が出てきたなぁと頬に手をあててぼんやりと思う。
もう何度目になるのか。
同じ場所に戻るはずのない方向へと進んで行ったはずだったのに。
何度も辿り着くこの場所で、ゆっくりと見える景色を確かめるように回ってみる。
やっぱり、同じ。
ぐるりと回った目の前に広がっているのは、石造りの建物が並んでいる灰色の世界。
どこへ向かって歩いても必ず戻る、私が初めにいた場所だった。
「……いったいここは、どこなのでしょうねぇ」
私は、その灰色を眺めながら頬に手をあてたまま、あきらめも含む深い深いため息をついていた。
「よいしょ」
声を出しながら、すでに定位置になった石の上に腰をおろす。
等間隔に並んでいるのを見ると休憩用の椅子として使っていたんだなと思う。
そっと身につけていた服をなでる。
口元に自然と笑みが浮かぶ。
「素敵ね」
身につけていたのは、手触りの良い生地に細かな刺繍がほどこされ、それにレースの綿密な模様が重なり合うことで一つの絵柄が作り出されている、真っ白なドレスだった。
そんなドレスをゆっくりと撫でながら、何度目になるかわからない疑問をひとりごつ。
「本当にここはどこなのでしょうねぇ」
心なしか少し大きめに声が出たのは、もしかしたら誰かが現れたりしないかしらと期待してのこと。
でも、きっといないのだろうとも思っている。
こんなにあちこち歩いていても、誰にも会わなかったのだから。
「だあれもいないわね……」
灰色の空を見上げ、石造り建物へ目を移した時、ふと視界の端に何かが動いた。
「? 何かしら?」
そのまま視線を向けた先にそれを見つけた瞬間、どくんと痛いくらいに心臓が跳ね上がった。
もうなんでもいいから現れないかしらなどと呑気に思っていた先ほどの自分を叱りつけたい。
そこには何もなかった。
何もいなかったはずだったのに。
ずっ、ずっ、と這いずるように動く黒い靄から無数の黒い手が四方へと伸びていた。私には見向きもせず、何かを求め、探しているように。
その中でただ一際、不気味に存在していた一つの血の気のない青白い手だけが私を見つけ、嗤っていた。
あれは駄目。
絶対に駄目なものだ。
悲鳴をあげそうになる口元を両手で押さえる。
その手から目を逸らすことなど出来なかった。
いつ私に向かって来るのか。何をされるのか。
激しく打ち続ける心臓が痛い。
限界が近づいた頃、唐突に私にかまうことなく、何処かへと向かって行った。
「行ったの……?」
詰めていた息をゆっくりと吐き出す。そして、急いでこの場から去ろうと立ち上がる。
足はもちろん反対方向へと向けながら。一刻も早くここから逃げたかった。
「……」
そっと、消え去った方を見る。
もうすでにあれは見えなくなっていた。
何かを見つけたみたいだった。ついていけば、何かがあるのかもしれない。
できることならば、行きたくない。
本当に行きたくない。
でも、もしかしたら……。
「誰かいるのかしら……」
そんな期待が胸に灯る。
「うん。とりあえず、行ってみましょう」
意を決し、一歩私は足を進めた。が、すぐにその足を止める。
「あ……ら……」
今さらながら気がついたそのことに大きく目を見開く。
「……なんで、今まで」
不意に自分の周りが、そして自分自身が、真っ黒に包まれた感覚に息が苦しくなる。
自分が立っている場所がぐにゃりと歪み、ぎゅうっと掴まれるような焦燥感が溢れだす。
不安に震え始めた自分自身を強く抱きしめる。芯から体が凍えるような気がした。
そして、私の問いに答えてくれる人なんていないこの場所に、ポツリとこぼれた私の言葉が重く落ちていった。
「わたしは、だあれ?」
視えすぎちゃって困る かずさわこ @kazusawako
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