第15話

 スルトはダイスケを庇い彼の前に立つ。


「やっぱり、こうなるのね」


 長い髪をかき上げて、アツは呟く。

 ハナからラタトスクの陽動には期待していない。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。岸本ダイスケを仕留めようと思うならば、守護者であるスルトを排除する他ないだろう。


「久しぶり、スルト」


 まるで旧友に向けるかのような親しみのある笑みを向けて、アツは言った。


「また、あたしの邪魔をするのね」


 スルトと相見えるのは五年振りだ。〝黄昏〟の折に幾度となく戦ったが、停戦まで決着がつくことはなかった。当時は双方の実力が拮抗し、また集団戦闘が主流だったためにどちらかが倒れるまで戦闘が続くことがなかった。

 スルトは何も言わない。漆黒のローブに包まれた全身は暗い闇で覆われており、表情すら窺うことができなかった。


「相も変わらずだんまりか」


 今夜スルトが現れたことは、予測していたこととはいえ都合が悪いと言える。岸本ダイスケへの復讐における最大の障害がスルトだ。ラタトスクの動きによってあわよくばスルトが来る前にダイスケを始末できるかもしれないと考えたが、やはりスルトとの戦闘は避けて通れない道のようだ。

 ある意味、おあつらえ向き。ダイスケの犯した罪とスルトは決して無関係ではない。遺恨を残さず清算するためにも、ダイスケもろとも排除するだけだ。


「いくわよ」


 アツの雷光が一際強く迸る。

 それが合図となった。先んじて動いたのはスルトだった。振り払った腕からピンポン玉ほどの火球を放つ。弾丸が如く撃ち出されたそれは、火の粉を散らしながらアツへと飛ぶ。

 鋭い発声と共に、アツは火球を払い上げた。弾かれた炎は軌道を変え、頭上高くに消えていった。アツの手の甲、炎に触れた部分から白煙が上がる。

 アツとスルトが大地を蹴るのは全くの同時だった。互いに距離を詰めようとしての行為だったが、その展開にアツは意表をつかれる。


 アツの異能〝パンツァーデグランツ〟は、己の肉体と感覚を強化する異能である。全身の膂力や肉体の強度に加え、感覚器の機能までもが増強――特に速度に関する強化は著しい。これは異能者が例外なく持つ身体強化に重ねて及ぼされる効果であり、異能を発動したアツの身体能力は並の異能者を遥かに凌駕する。


 故に彼女が得意とするのは、己の五体を武器とした至近距離での格闘戦である。

 一方アツの知るスルトの異能は、炎を自在に操るというものだ。汎用性に富み対応力は高いが、アツほど接近戦に向いているとは言い難い。

 だから意表をつかれた。わざわざ不利な状況を選択したスルトに。

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