撃滅! アナンターシャ

 今にも海水が、ボクたちを飲み込もうとしている。


「まるでアナンターシャの怨念が波となって、ボクらを道連れにしようとしているみたいだ!」

「まじかよ。アレを見ろ」


 水の底にに、アナンターシャの巨大な顔が浮かぶ。本当に怨念になっていた!


『絶対に許さないよ。アンタたちだけは! わらわと共に、海の底に沈んでしまいな!』


 怨霊が海を操って、ボクたちを飲み込もうとしている。少しでも気を緩めれば、流されてしまう。


「ああもう、しつこい!」


 どうすれば、この化け物を止められるんだ?


 ルティアの雷撃をお見舞いしようとしても、逃げながらではチャージができず、姿勢も保てない。


「サヴ、オジサマのお話を思い出して」


 キュアノから、妙なアドバイスが飛ぶ。


「父の?」

「そう。オバサマの形見であるその刀は、何ができると?」


 ボクは、母の刀を掴む。


 あのとき父は、なんて言っていたっけ?

 


――隕石で作ったとされる名刀よ。アンデッドも難なく斬れるわ



「あっ! 思い出した」


 アンデッドに特攻があるって言っていた。


 今のアナンターシャも、アンデッドといえる。ボクでも倒せるか?


「こうなったら、一か八かだ」


 逃げながら分銅を腰に巻きつけて、ボクは命綱を作った。


「キュアノ、持っていて!」

「任せて、サヴ」


 分銅を掴みながら、キュアノがうなずく。


「ルティア、騎銃に分銅を巻きつけておいて。やつを斬ったら、思い切りボクを釣り上げてほしいんだ」

「わかった! 頼んだぜ!」


 ボクは狙いを定めて、足を止めた。


『アハハハ! 観念したかい? そうやって仲間のために犠牲になるなんて、随分とカワイイところがあるじゃないか! おとなしく、波に飲まれちまいな!』


「バカを言うな。負けるのはそっちだ!」


 この海を汚して、楽に死ねると思うなよ!


『負け惜しみを言うんじゃないよ。この絶望的状況下で、逃げられるものか! 先にあんたから飲み込んでやろう。そして仲良くあの世で再会させてやろう!』

「あの世に行くのは、お前の方だ」


 刀を逆手に持って、ボクは急降下する。アナンターシャの顔に切りかかった。


『バカめ! 自分から食べられに来るなんてねえ!』 


 アナンターシャの方も、大きく口を開けて迎え撃つ。


「いっけえええええ!」


 逆手に持った刀の柄を、ボクは両手に持ち替えた。アナンターシャの眉間を、切っ先で貫く。


 水ではない、たしかに質量を持った何かを、刺し貫いた感触があった。


『にぎゃあああああああああ!』


 苦悶の表情を浮かべ、アナンターシャの顔が渦へと変わっていく。


「今だ、ルティア!」

「おうよ!」


 ルティアが、分銅を引っ張る。


 猛烈な勢いで、ボクは上へと持ち上げられた。


『ああ、沈んでいく。世界制覇という、わらわの野望がぁ。わらわの肉体がぁ! せっかく、黒竜の天下をこの手にできるはずだったのに!』



「沈んでよかったんだよ、そんなもん」



 虚しさを混ぜるように、ルティアがアナンターシャに捨てゼリフを吐く。


 朝焼けの海に、アナンターシャの顔は霧散していった。




 やがて、海が落ち着きを取り戻す。


 とはいえ、崖崩れは収まっていない。


「脱出だ!」


 釣り上げられた勢いのまま、ボクは上へと足場を移動する。 


 間一髪のところで、ボクらは海底神殿から逃げおおせた。とはいえ、まだ油断はできない。


 崖だった場所が、神殿を押しつぶすかのように崩れ去る。引き続きボクたちは、その崩落に飲まれそうになっていた。 


「まだまだ!」


 足場になりそうなところに、ボクは分銅のカギ爪を投げ飛ばす。どうにか引っ掛けて渡り、引っ掛けて渡りを繰り返した。


「もうちょっとぉ!」


 最後の一投で、ようやく無事に足場へ取り付く。


「ふう。一時はどうなることかと」


 ボクは、汗を拭いた。



 その腕には、ドロドロの布がへばりついている。 



「どうしたの、顔を隠して……」

「サヴ、服が」


 え、服?


 ボクの足元に、繊維質がボトボトと落ちていく。


 メイド服がボロボロにいいいい!


「わあああああああああ!?」


 ボクは、身をかがめた。


「きっと胃液にさらされていたせいだ!」

「派手に暴れまわっていたからな」

「もーお。予備の服があってよかったよ!」


 急いでボクは、アイテムボックスから服を出す。


「まさか、この服が役に立つなんて」



 ボクは丈の短いミニ浴衣を着用し、網状のニーハイを履く。

 母の形見である忍び装束を。



「サヴ、着るだけなら、ニーハイはいらない」

「しまった。セットアイテムだからつい」


 またしても、女装の呪いがかかってしまう。

 いつまで付き合わないといけないの?


『ありがとうです! これでヨートゥンヴァインもサマター海域も、救われるです!

「アタシからも、ありがとうな。お前ら。なんの関係もないのに」


 シュータに続き、ルティアも礼を言ってきた。


「関係なくはないよ。ボクらは、仲間じゃないか」

「そう言ってくれるのか?」

「当たり前じゃん。なあ、キュアノ?」


 キュアノも、ボクの言葉にうなずく。


『みんな無事でよかったのです!』

「そうだな……」


 全員が助かって、一段落ついたはずなのに、ルティアは悲しげな顔をしていた。

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