ニンジャと、道化師
「テメエのせいで、俺の計画が数年遅れた! やっとここまで来たのに、また邪魔しやがるのか!」
ゲーアノートのフックを、刀で受け流す。
「当たり前じゃん。キミの野心、野望を、ホルストは見抜けなかった。でもボクは違う。絶対に容赦しない」
返す刀で、手首を切り裂いた。
しかし、見えない障壁に阻まれる。腕にはめているジャラジャラした時計に、魔力が付与されているようだ。
全身魔力付与か。
「ぜえぜえ、こいつ、とっととくたばりやがれ!」
たいして時間が経っていないにもかかわらず、ゲーアノートの息が上がり始める。
彼の魔力は、ほぼ無尽蔵だ。その代償に、スタミナを犠牲にしている。彼は、短期決戦型だ。まずはダウンさせて、なぶり殺しにすることを好む。彼が入れ替わった男も、同じ目に遭った状態で発見された。
全ステータスを魔力に極振りしているので、体力がなくても戦えるようにしているらしい。
見た目はチンピラで、魔法がなければザコである。が、狡猾で油断ができない。
「おるあ!」
ヘビ柄の靴で、ゲーアノートが足刀蹴りを仕掛ける。
ボクは、とっさにガードをした。いや、させられてしまう。
「しまった!」
ボクのニーソックスが、粉々に。
「ヒヒッ! 丸裸にして、エチスン卿に抱かせるか? それとも、勇者に抱かせるか?」
ゲーアノートは口を舌で濡らしながら、よからぬ想像を企む。
「冗談は、顔だけにしなよ」
「るっせえな! もうじき死ぬテメエに、ジョークを飛ばす気はねえっての!」
足を高く上げて、ゲーアノートが高速カカト落としを見舞う。
よけたのはいいが、今度はパフスリーブが溶け落ちた。
「くっ!」
「ゲハハハァ! 次は丸裸かなぁ?」
回避直後の硬直を狙い、続けざまに足刀蹴りが飛んでくる。
ボクはよけることを捨てて、足に組み付いた。
「なあ!?」
振りほどこうと、猛毒の足をブンブンと回す。
だが、ボクは掴み続けた。
ヘビの毒が、ボクのほっぺたを焼く。でも、離さない!
「ぜええあっ!」
そのまま体重をかけて、ゲーアノートのヒザを砕く。
逆関節のような状態になって、ゲーアノートが悶絶した。
「ぎゃあああ! テ、テメエ!」
「すぐ回復できるだろ? どっちかが壊れるまで続けようか?」
「このヤロウ! 決めたテメエはやっぱ殺す!」
足を回復させて、ゲーアノートがストレートパンチを繰り出す。魔力石に、力がこもっている。ボクの頭部を粉砕する気だ。
「おおおお!」
カウンターの手刀で、ボクはゲーアノートの心臓を突き刺した。
「えっ!?」
こ、この感触は!?
そうか、【道化師】ってそういう意味だったのか。
奇妙な感覚を残したまま、ボクはゲーアノートから手を引き抜く。
「……ゴフぅ。へへへ」
後ずさりながら、ゲーアノートがニヤリと笑う。
「俺の正体が、わかったようだな?」
ゲーアノートの腹から、カラクリの部品がこぼれ落ちる。
「ああ。お前はオートマタ、つまり、ただの人形だ」
「そうだ! ゲーアノートという冒険者は、ただのオトリッ! 俺が指名手配されたくらいで、エチスン卿にまで捜査の手は及ばない! 手を汚すのは俺、裏で手を引くのは卿ってわけ!」
崖から突き落としたくらいで、死ななかったわけだ。
毒効果のある両手の宝石類は、相手に触れさせないためだったのか。人間の感情を持たない人形なら、どんな残虐なことだってできるわけだ。
本当に倒さないといけなかったのは、エチスン男爵だったのである。
「すべては、あのお方の、エチスン卿の計画どおり! 俺はただの手足に過ぎん! 貴様らは、エチスン男爵の手の平で踊っているだけだ!」
ギャハハハと高笑いしながら、ゲーアノートは勝ち誇った。
勝ったのに、負けた気分になる。始末が悪い。最期まで不快なやつだ。
「エチスン卿は、どこにいる?」
「へっ、自分で探すんだな……グフッ!」
今度こそ、ゲーアノートは息絶える……はずだった。
「まだ寝てはいけない」
何者かが、背後からポーションを垂らす。
「キュアノ!」
「待たせた」
虫の息だったゲーアノートが、息を吹き返した。オートマタって、ポーション効くの!?
「待て待て待て、マジ待って! ここは悪党が情報の抱え落ちして死ぬ、すっげえ後味の悪いトコだろうが!? 空気読めねえのかよクソエルフ!」
ゲーアノートの声など無視して、キュアノが大きく拳を振りかぶる。
「私がまだ殴ってない」
そういってキュアノは右フックをぶちかまし、ゲーアノートの頭部を粉砕した。
「お前の持つ情報も、存在すら価値はない」
汚いものを落とすかのように、キュアノが手を振り払う。
「来てくれたんだね、キュアノ」
「それよりサヴ、大変なことが」
「どうしたの」
そういえば、ルティアの姿がない。
「ルティアは、一人で行ってしまった」
聞くと、ルティアはドレイク兵だけ集めて、村人の救出へ向かってしまったという。
「キュアノは、ついていかなかったの?」
「来るなと言われた。これは、自分の責任だからと」
「自分が死んだら、ドレイクや村人を頼むとか言われた?」
「よくわかった」
ああもう、ルティアがいいそうなことだ!
「ルティアを……エルネスティーヌ王女を助けに行こう!」
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