最悪との再会
口ほどにもない。一〇〇人近くはいたであろう戦闘員が、数分で全滅した。
「あとは、キミだけだよ」
ボクは、スキンヘッドにゆっくりと近づく。
「なにをしやがった!?」
「煙幕に仕込んだ睡眠薬に、気づかなかった?」
「そうか、てめえあのとき!」
あの煙幕は、目くらましようではない。遅効性の催眠剤だ。走らせたのはごまかすためと、眠りの効き目をよくするためである。
「キミには効かなかったか。魔族か何かかな?」
「てめえ、いい加減に!」
背中から、スキンヘッドが刀を持ち出した。
「よせ! こいつはオレの客だ!」
上品なタキシードを着た痩せぎすの男が、ボクの前に立つ。
「久しぶりだねって言うべきかな? ゲーアノート・メツガー」
ゲーアノート・メツガー。
かつてこの男のせいで、ボクたち勇者パーティは半壊にまで追い込まれた。疑惑疑念がうずまき、パーティに亀裂がどれだけ生じたことか。
「相変わらず、キュートな恰好なこったな。相変わらず、人のことをコソコソ嗅ぎ回ってんのか?」
「お前に言われる筋合いはないよ」
ゲーアノートの文句に、ボクも言い返す。
「エチスン卿と組んでいるのか。えらく羽振りがよさそうじゃないか」
「どうして、こんなところに!? はじまりの村でバルログに殺されたはずじゃ!?」
やっぱり、コイツの手引だったのか。
「オレの存在を知られた以上、生かしてはおけねえ」
宝石まみれの指を、ゲーアノートはコキコキと鳴らす。
「ボス、ここはオレが」
「ブッチャーがやられてんだ。テメエが勝てるわけねえだろ」
スキンヘッドは制止を聞かず、ボクに斬りかかる。
斜め下からすくい上げる形に、刃が襲ってきた。
それより早く、ボクは相手の首を両足で挟み込む。背中側に回り込んで、反撃もさせない。いわゆる、三角締めという技だ。
「ボクの首四の字固めって、クセになるそうだよ」
相手を直立させたまま、足四の字固めで締め上げる。
「うおお、変な感じになるぅ!」
足で血管を締めて、ボクはスキンヘッドを一瞬で気絶させた。
「だから言ったのによ」
自分の前に倒れてきたスキンヘッドを、ゲーアノートが蹴り飛ばす。
それだけで、スキンヘッドの全身が砕け散った。
「これは、ヘビの毒?」
「そうよ。腐食毒よ」
貴金属まみれのゲーアノートが、首や肩を回す。
「テメエとは、いずれ一対一で殺し合わないといけねえと思ってたんだ」
ゲーアノートが、フッと視界から消える。肉体強化魔法を、ブーツと足に内蔵しているらしい。ボクとの距離を、瞬時にゼロへ持ち込んだ。宝石だらけの拳で、ボクの懐にアッパーを叩き込もうとする。
あの宝石に、当たってはいけない。本能がそう感知した。刀の鞘で受け止める。
ボクとゲーアノートとの間に、爆発が起きた。
「くっ!」
「ボサッとしてんじゃねえぞ!」
土煙の中から、ゲーアノート拳が飛んでくる。
刀を引き抜く暇すら、与えてくれない。ボクは、防戦一方になる。
ナックルが、ボクのこめかみに。
ボクは鞘でガードをしたが、様子がおかしかった。
「ちいい!」
鞘が、ゲーアノートの拳から離れない。
「これで防げねえな!」
ゼロ距離のボディブローが、放たれる。
「磁力? いや違う。粘着魔法か」
鉄棒の容量で、ボクは一回転した。ブローを逃れる。
「げっ、テメエ!」
相手が刀から注意をそらした。
鞘の方を引き、ボクは抜刀する。鞘をゲーアノートの後頭部に投げつけるが、相手は拳で受け止めた。関節を極められたらよかったが、あの腕には近づけない。いや、組み付くこと自体が悪手だろう。
「お前は邪神を利用して、この地を支配しようとしていたよね? ボクが阻止したけれど」
「そうだ。勇者がいなくなったところを、俺が整地してやったんだ。感謝してもらいたいくらいだ。寄付金だって、有効活用してやっただろ?」
攻撃を繰り出しながら、言葉もぶつけ合う。
彼は魔法使いではあるが、後衛で飛び道具を使うわけじゃない。
魔力を
痩せているから見逃しがちだが、強靭なインナーマッスルが細身の中に内蔵されていた。さらに、肉体強化が施されている。
なにも、男気があるわけじゃない。後方からだと、相手の絶望する顔が見えないからというだけ。
「邪神に頼ることが、平和に繋がるのか?」
「平和だろ? 常に争いが絶えない、素晴らしい世界になった!」
ゲーアノートにとっては、人間が感情むき出しになって闘争している場所こそ理想郷なのだ。
「谷底に突き落とした後、死体も確認すべきだった。邪竜に救い出されていたなんて」
「天が味方したんだよ! 俺みたいなのは必要悪だからな!」
自分が悪党だという誇りを、ゲーアノートは持っている。悪に染まらないと生きていけない男だ。
「利用されているだけだって気づかないとは、相変わらず愚かだね」
「俺が利用されているように見えるか? 魔王すら手を焼くくらいなのによぉ」
「だろうね。お前は、魔王の手足としては逸材だった」
そのせいで、ボクらは一部の村や街に出入りできなくなっている。
コイツだけは、生かしておくわけにはいかない。
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