幕間 道化師
オイゲンは勇者たちとともに、魔王の配下がいるという地下巨大遺跡に潜っている。
「まいったね。取り残されそうだ」
魔術師オイゲンにとって、勇者との苛烈を極めていた。
下級とはいえ、対するはデーモン族である。玄関を開けたら二秒で接敵とは。こんな奴らと、勇者は毎日戦っているのか。
それなりに強いといっても、オイゲンは中級レベルしかない。勇者たちのような化け物クラスとは、わけが違うのだ。肉体の作りからして、別物だろう。
「いったわよ、オイゲン!」
僧侶カミラの頭をすり抜け、デーモン下級兵が数体オイゲンに襲いかかってくる。
「お待ちを『ウインドカッター』!」
風の刃を呼び出し、デーモンの首を狙う。普通は魔族相手だと、大魔法で一気に片付ける。再生能力で、たやすく回復されてしまうからだ。一気に叩き潰す必要がある。しかし、首さえはねてしまえば即座に死ぬ。
五体のデーモンを、風の刃で一気に仕留めた。しかし、まだ一体残っている。
「ぐっ!」
デーモンの黒い爪が、腕をかすめた。ローブを切り裂き、腕に血がにじむ。
「このおお!」
ヤケになったオイゲンは、杖に風魔法を施して力任せにスイングする。
気がつけば、首をはねることに成功しているではないか。
「おお、クリティカルとは」
偶然とはいえ、自分も結構やるかも? 少し自信がついてきた。
「やるじゃない! ホルストが見込んだだけあるわ! まだ修行が足りないみたいだけれど」
正直な感想が、カミラから飛んでくる。しかも、戦いながらこちらの戦局も見極めていた。マルチタスクだというのに、よくやる。
「やるな。必要最小限の魔力で、力を温存しつつ戦うとは」
ホルストは、オイゲンのことを絶賛した。
「省エネ主義なだけだよ。いつもこうやって生きてきた。適度に力を抜くのが、長生きの秘訣さ」
ウソである。過去に大火力魔法をぶっ放して魔力切れになり、ベテランパーティに損害を与えたことがあった。肝心なところで役に立てず、仲間から追い出されたに過ぎない。仕方なくソロ狩りで食いつないでいたところへ、ホルストが声をかけてくれた。
戦略もなにもない。単なる一人プレイによる処世術だ。
「手抜きでもなんでもいいわ。仕事をしてくれるなら」
生粋のリアリストなのか、カミラはあまりオイゲンに過度な期待をしていない。
魔族を片付けて、エリアの安全を確認した。
「クリア。ここでキャンプにしよう」
エリア周辺に破邪の魔法を唱えて、魔物を寄り付かせないようにする。
にんにくとオリーブオイルで、アヒージョを作った。味に深みを出すために、非常食の乾燥肉ひとかけらを入れる。軽く瘴気にやられた内臓を治療するために、薬草も少々。
アヒージョをパンにつけて、オイゲンは口へ放り込む。うん、酒に合う。
「オイゲンの料理も悪くないけど、サヴと違ってスイーツが出ないのよね」
ありがたい感想を、カミラからいただいた。ちなみに三杯目のおかわりなんだが。
「一度あんたも、サヴのパンケーキを食べてご覧なさい。人生観がまるっきり変わるわよ?」
「大酒飲みで悪うござんした」と、オイゲンも返す。
「そのサヴって子は、戦闘では役に立たなかったのかい?」
「まさか! たしかにキル数は、あたしの方が断然上だったわ。でもサヴは、最適なときに的確に相手を仕留めていたわ。余計な殺生はしない、っていうのかしら。ああいうのを最強っていうのでしょうね」
オイゲンだって、前任者が気にならないわけじゃなかった。特にカミラは、サヴという少年の料理が恋しいと毎日のようにのたまう。
「それに引き換え、あんたの前任者はひどかったわ。あいつはサヴと違って、殺しを楽しんでた」
「そいつの名は?」
「ゲーアノートよ」
ああ、と思わずオイゲンはため息を漏らす。
「有名なのね?」
「【道化師】ゲーアノートを知らない冒険者なんて、すべての国でもいないさ」
ゲーアノート・メツガーは、通称【道化師】の異名を持つ。
確かに、実力は高かった。しかし、必要以上に敵をいたぶる。村を救ったことを恩に着せ、報酬をふっかけたり、酔った拍子に宿屋の女性を襲いかけて、出入り禁止になったりもした。
ホルストに迷惑をかけてばかり。その悪行は、目に余るものだった。
それもすべて、ホルストに今後勇者の活動をさせないためだったとは。
魔王と組んでいたとわかり、勇者パーティに粛清されたらしい。
「しかもそいつは、本来仲間に入るはずだった人物になりすましていたのよ!」
酒の勢いか。怒りに震えながら、ヘルマは悪態をつく。
それで、道化師か。変装の名人というわけか。
「サイテーな野郎だね、そいつ」
会ったことがなくても、外道だとわかる。
「期待したあたしが、バカだったのよ。強いだけじゃ、魔王には勝てないんだって思い知ったわ」
それ以来、カミラは仲間の人間性も観察するようになったそうな。
「ホルストに見る目がないせいで、あやうく仲間割れを起こしかけたことだって」
「悪かった。あんなヤツだとは、思っていなかったんだ」
選んだ張本人であるホルストが、心の底から詫びている。
「あいつの話はやめましょう。お酒がまずくなるわ」
こちらに背を向けて、カミラが寝袋にくるまった。
「そうだな。明日は早い。体を休めるとしよう」
「俺が火を見ておくから、二人は休んでろよ」
「いや、オレが」
「なんの。俺が一番体力が有り余ってるから。それに俺は、寝起きがひどくてね」
「そういうことなら、助かる」
ホルストを眠らせ、オイゲンは火の番をする。
「見る目がないか。たしかにな」
我が姪であるエイダを、袖にするような男だから。
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