「はじまりの村」の真実

「あらやだ、メイクが落ちちゃうわ」

 父が、体についた血を拭う。やはり、返り血だったようだ。


 生きているバルログ族は、彼だけのようである。いや、彼は「生かされて」いた。配下がすべて殺される様を見せつけられながら。


「さて、後はテメエだけだ」


 父が言葉を発しただけで、バルログは漏らしそうなほど震え上がった。


「跳ねっ返りが、我が妻の眠るこの地を荒らしやがって」


 バルログたちは、想像もしていなかったはずだ。自分たちが消し炭になって、畑の肥料にされるなんて。


「いいか新米魔族、ここがなぜ【はじまりの村】と呼ばれているか、教えてやろう」


 涙と鼻水まみれになりながら、ネームドの魔族はウンウンとうなずく。


「ここブランケンハイムは、表向きこそ『初めて冒険者になる者たちの訓練場』と言われているが、そうではない」


 よくある「冒険の出発点」は、たいてい安全な場所から始まることが多い。弱い魔物しか、出なかったりする。

 清い存在からの加護が働き、土地が清潔だからという意味もある。

 たいていの場合、「襲撃の価値がない偏狭の土地すぎて、誰も攻めに来ないのだろ?」という偏見を持たれるものだ。


 おおかた、この魔族たちも同じ理由で攻めてきただろう。軽い気持ちで侵攻したに違いない。ここさえ攻めれば、あとは王城だけなのだから。

 また、勇者たちの故郷も滅ぼせて、精神的ダメージも与えられる。帰路を失った勇者らは、前進するしかない。そういうドラマを演出したかったか。


 しかし、真実は違う。


「テメエらが踏み込んだこの土地はなぁ……テメエら魔族が『初めて、人間の恐怖を知る』場所なんだよ」


 そう。


 ブランケンハイムの村は、魔族に人間の恐ろしさを学ばせる、わからせるためにこそ存在する。

 不用意に人間を襲えばいつか必ず、返り討ちに遭うんだと。



 ブランケンハイムの村役員は、日々魔族の襲撃に備えている。身体を鍛え、魔力を練り、決して油断はしない。


 その芸術品とも言えるのが、我が父なのだ。


「はじまりの村に、そんな真実が」


 キュアノが、舌を巻く。


「といっても、強いのは村の役員だけですよ。他の冒険者は、並程度です」


 ヘルマさんは、そう言ってキュアノを安心させた。


 事実、冒険者たちはベテランでさえ、この戦いには参加していない。他の村人と同じく、子どもたちと一緒になって畑に炭を撒いている。


 そうやって、魔族の力を森へ吸収させるのだ。


 わざと無防備を装って、何も知らない魔族をおびき寄せる。

 襲ってきた魔族を壊滅させ、土地に吸わせるのだ。

 この村は、そうやって生活してきた。

 全世界に緘口令まで敷いて。


「この土地は、我が伴侶が安らかに眠る土地だ。愛する我が妻に死体蹴りするとどうなるか、身を持って知るがよい」

 

 ギターの先が、バルログに向けられる。


「やめてくれ! 許してくれ!」


 卑しくも、バルログは詫びを入れだす。


 命乞いなど、無意味である。彼らは、この地に足を踏み入れた時点で、詰んでいるのだ。


「死を持って償え」


 情け容赦なく、ギターから彗星クラスの火球が放たれた。


 その炎が、暗雲から落ちてきた黒い炎によってかき消される。


「あら?」


 拍子抜けした声を、父が発した。


 白いスーツを着たバルログ族が、目の前に現れる。


「配下が無礼を働き、失礼した。我が名はバルデル! バルログ族のリーダーだ。こんな辺鄙な村など、配下だけで十分だと思っていたが、とんだ不覚! やはりオレ様が直接出向くべきだった」


「バルデル様! 助かった! もうテメエらは終わりだ!」


 囚われていたバルログ族が、換気に震えた。


 バルデルというバルログのネームドは、黒い炎を手に召喚させて、剣を形成する。


「終わりなのは、テメエなんだよ。恥知らずが」


 火でできた黒い剣で、バルログ族の首をはねた。


「待たせたな。では、お相手しよう」

  

 禍々しい炎を帯びた長剣を、バルデルが手でなぞる。


「手強いわ。アタシも、本気を出すときが来たようね」


 さしもの父も、敵が強いと判断したようである。


 ボクは、父とバルデルの間に立つ。


「サミュエルちゃん?」

「ボクにやらせて」


 愉快そうに、バルデルが笑った。


「フハハハ! このバルデルに情をかけるなど、どこまで頭がユルいのか。おとなしく女装した父の後ろで震えていればよいものを! チビよ、オレ様にケンカを売ったこと、後悔するがいい!」

「いいから、かかってくれば?」


 ボクが挑発に乗らなかったのが面白くなかったのだろう。バルデルは馬鹿笑いをやめる。


「よかろう。いつ死んだからもわからぬくらい、一瞬でカタをつけてやろう!」


 初撃で、ボクの刀とバルデルの長剣が交差した。一秒で三〇発くらいか。 


「よく受け止めたな。ガキのくせに腕は立つようだな。だが、まだまだ甘いぞ小娘がぁ――」


 ボクは、バルデルの首をポンと刎ねる。


 胴体から首がサヨナラしたバルデルは、他のバルログと運命を共にした。父の手で焼かれて。


「サヴ」

「え、なにキュアノ?」

「大人げない」


 炭化したネームドバルログを見ながら、キュアノが指摘してくる。


「小娘」呼ばわりされてカチンと来たから、つい本気を出してしまった。

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