アタシが村役場の所長よ
「ったく、ヒヨッコ共がイキリやがって」
ギターを肩に担ぎながら、父が吐き捨てる。格好は同じ。だが、いつものオネエ口調をやめている。本気を出したときは、いつもこんなカンジだ。
「あーあ、やっちゃった……」
ボクは、唖然とする。
「あらサヴちゃん、おかえりなさい」
ボクの顔を確認し、父が元の調子に戻った。
「やっぱり、やられてなんかいなかったわね」
「ただいま。父がまた派手にやらかしたと思って」
「はい。ワタシも実に一〇年ぶりですよ。ヴァラの戦いぶりを見るのは」
ヘルマさんが、草原に修復魔法をかける。戦場になった土地を元に戻してているのだ。
まったく訳がわかっていない様子で、キュアノは立ち尽くしている。
「あら、キュアノちゃん。お見苦しいところを見せたわねっ」
いつものオネエ口調に戻したが、父の言葉にはキレがない。
「一万の軍勢が襲ってくると聞いて、飛んで帰ってきた」
「ああ、あの消し炭のこと?」
父が指差す方角には、真っ黒な炭が転がっていた。かろうじて、魔族の姿を伺える。
「じゃあ、さっきの爆発は……」
「アタシがやったわ。アタシ、魔法少女なの」
信じられないといった顔を、キュアノがした。
呆然とした顔を向けられたので、ボクは首を振って肯定する。
この男なら、やりかねない。指先一つできのこ雲が生じるほどの特大ファイアーボールで。いつも「村に被害が出るから、やりすぎないように」って注意しているのに。
「村の人たちは」
「畑に行った」
バルログの死骸は父の攻撃魔法によって炭化し、村の肥料として畑に撒かれていた。
「これをすべて、あなたが」
「そのとおりだ。これがアタシたち【役場】の仕事だから」
ボクは、土下座しているバルログに歩み寄る。
「キミがネームドのバルログ?」
首を振りながら、バルログは怯えている。どうも、コイツはさっきのネームととは別の個体らしい。だが、その口元はつり上がっていた。
「まだ終わっちゃいねえ! バルデル様の軍勢は、まだ八〇〇〇ほど残っているぜ! 今度は小出しなんてしねえ! まとめて食らい付くしてやるぜ!」
ブランケンハイムに、暗雲が立ち込める。
雲の中央が、赤く輝き出す。どうもあれは、別の世界に通じているようだ。
「空間が裂けて、魔王の軍勢が降下してくる」
キュアノが、血の色に染まった空を見上げる。
「ギャハハァ! 地獄の門が開いたぜえええええ!」
別個体のバルログが、新手を率いて空から襲いかかってきた。空間の裂け目を通って。
「あらぁ、また『森のエサ』になりそうな化け物たちが来たわ」
「ささ、作業は中断。みんな家に入ってちょうだい」
ヘルマさんが先導して、村民を誘導する。
「こいつを見ていてちょうだい、ヘルマ」
父がギターを、銃でも撃つように構えた。ギターの先を、降下してくる魔物の群れに向ける。
「もうひと仕事、あるみたいだから」
ジャラン、と父が曲を奏でた。
ギターの先端から、火球が発射される。その大きさは、まるで彗星のような。
「ぎゃああああ!」
およそ二〇〇〇体のモンスターが、父のファイアーボール一発で消し炭になった。先頭にいたバルログ族も巻き込んで。
父は引き続き灼熱のギター演奏を行う。今度は、ギターからは散弾のような火球が連続で射出されていく。
降下が完了した魔物たちも、父の曲に合わせたファイアーボール連撃でハチの巣に。反撃の機会すらもらえず。
ボクも、負けていられない。
魔物たちが村を襲う暇さえ与えず、クナイでモンスターの頭部を打ち抜き続ける。
ゴブリンが、キュアノに矢を放つ。
父の戦いぶりに見とれて、キュアノは放心状態になっていた。
「キュアノ!」
「ん? あっ、そっか」
敵の矢が接近してきて、ようやくキュアノも我に返った。矢を鞘で弾き、ゴブリンに切り込んだ。
息を吹き返したキュアノは、サーベルで魔物たちを切り刻んていく。キメラを合成した動物ごとに分断し、ナーガの魔法を跳ね返す。
ボクも、これくらいの魔物を相手したのは、久しぶりだ。
ゴブリンやオークを切り裂き、カエル顔の兵隊などを両断する。
どれくらい経っただろう。魔物たちの数も、ようやく目に見えて減ってきた。
「キュアノ、どれくらい倒した?」
背中合わせになって、戦況を報告し合う。
「二、三〇〇〇ちょっと」
「同じくらいだね。でも」
ボクたちも一応戦っているが、仕留めている数は父が圧倒的だった。
疲労の色さえ見せない。それどころか、父はどんどんと敵を倒す精密さが増している。
「まさに怪物」
「うん。この村が誇る守護神だからね、父は」
守護神のオンパレードも、終わりが見えてきた。
ジャカジャカジャカと締めのようにギターを掻き鳴らす。
踊り子のように回転しながら、散弾火球を撒き散らした。
焚き火に焼かれる小虫のように、魔物たちは塵となっていく。
ギターが鳴り終わる頃には、モンスターは全滅していた。
「テメエは、何者だ?」
仲間が殺されていく様を見留めさせられたバルログが、父に問いかける。
「アタシは、この村役場の所長よ」
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