「おねえちゃん」だって!?
ゴブリンたちが少年たちに撃退されるのを確認して、ウルフの方角に顔を向く。
「お前たちもやるか?」
ボクが身構えると、ウルフたちは森へ逃げ帰る。
「ふう」
深追いはしない。ボクたち冒険者の役目は、あくまでも村や畑を守ることだ。ウルフの肉まで獲れとは言われていない。
「あのぉ、事後処理になるんですけれど」
冒険者のおじさんに声をかけて、ボクは倒れているゴブリンを指差した。
「ああ。譲ってもらって感謝する」
気絶させたゴブリンの処理を、冒険者のおじさんに任せる。
ボクは、手を貸さない。
おじさんは、少年少女たちにとどめを刺させた。襲ってくる敵の命を奪うことも、大事な学習なのである。
「助かったぜお嬢ちゃ……って、ホルストんとこのサヴか」
「お久しぶり」
冒険者の男性は、ボクもよく知っているベテランさんだ。
「トレーニングの邪魔をして、ごめんなさい」
「とんでもない、助かった。もうすぐ俺は引退するからな、ガキを鍛えていたんだ」
足をケガしたので、鍛冶職について生計を立てるという。
「前から、子どもたちに武器や防具を作ってあげたいって言っていましたね」
「よく覚えているな。チビどもを立派に育てるのが、今の俺の夢だ」
ベテランさん直属のお子さんで、三兄妹だという。
「おねえちゃんすげー!」
長男らしき少年が、ボクの顔を見て声をかけてきた。
「ボクが、おねえちゃんだって?」
子どもの発言とはいえ、ボクは眉間にシワを寄せる。キュアノじゃなくてボクに「おねえちゃん」だなんて。
「だって、おねえちゃんじゃん。格好といい背丈といい。そっちの『エルフのお姉さん』はかっこいいけれど」
たしかに、胸がなかったらキュアノの方が男らしいよね。
「オレ、将来おねえちゃんと結婚する!」「メイクの仕方を教えて、おねえちゃん」
こらこらキミたち、ボクはお姉ちゃんじゃねえよ。
「お前ら、コイツの名はサヴだ。お前らの大先輩なんだぞ。ちゃんとあいさつをしろ」
「わかった。よろしくサヴおねえちゃん」
何もわかっていらっしゃいませんね。
「いや、ボク男だからね」
「うそだぁ。こんなにかわいいのに」
チビたちの長男が言う、キュアノが手招きをする。
「少年。世間では、『こんなにかわいい子が、女の子のはずがない』という言い伝えがある」
「そっか! なんか理屈がわかってきた!」
納得してる! この少年は、何かに目覚めてしまったらしい。彼はきっと、前途多難な人生を送るだろう。ボクの知ったこっちゃないけれど。
「ところでサヴ、どうして女の格好をしているんだ?」
「色々と事情があってですね……」
説明も面倒なので、話題を変えた。
「それにしても、魔物が多いですね?」
「俺も気になっているんだ。ダンジョンができてから、動物たちの数も減ってきた。これでは、森の精霊たちにも危害が及ぶ」
ボクは、森の方へ視線を向ける。
「これはいったい、どういうことだ?」
信じられない。始まりの村ではあり得ない、強大なノイズが伝わってくる。森全体をシェイクしているみたいだ。
「俺が行ってもいいんだが、俺が帰ってこられないかも」
「おっしゃるとおりですね。森の先から、強い魔力を感じます。なんですこれ?」
中級ですら、怯えるレベルの瘴気だ。
これ以上の探索は、経験不足の子どもたちでは無理だ。かといって、なんでもかんでも介入すれば、この子たちの学ぶチャンスが失われる。
「子どもたちには、畑側を守ってもらった方がいいかも」
キュアノが、提案してくれた。
「そうだね。森はボクたちが見てきます」
森の先には、調査対象のダンジョンがある。
「心得た。ともかく助太刀ありがとうよ」
「あと、これを持っていって」
ドロップ品の中で、ポーション類を若き冒険者にあげた。この先、必要になってくるだろう。
「何から何まで、感謝する」
「アイテムの即興売り買いも、訓練のうちですから」
「おお、そうだったな。おいお前ら」
子どもたちが、財布からお金を支払った。
冒険者同士による、旅先での物々交換・売買交渉はよくある。
道中に行商が都合よく通るかどうか、わからないからだ。
アイテムボックスにだって、持ち運ぶのに限りがある。限界値は、大きさや重量で決まるのだ。
重い武器などを持ち歩きたくない軽装の冒険者が、通行中の戦士系に売ったりする。ふっかけられないように、若いうちから物の価値やお金の計算方法なども学ぶ。
中にはホルストのように、なんでもかんでも人にあげてしまうお人好しもいるが。
ボクはなるべく、入手が容易な安めのポーションを売ってあげた。
「すまん。じゃあ俺たちは行く」
「お気をつけて」
「そうだ。役場の所長が、お前に会いたがっていたが」
ボクは、首を振る。
「今は、顔を見せるつもりは」
「そっか。じゃあな」
幼い冒険者たちと別れて、ボクたちは先へ進む。
「どうして、会ってあげないの? ただの役員なのに」
「まあ、ね。向こうも忙しいだろうし」
ボクは適当にごまかす。
キュアのも何も言ってこない。
森が見えてきたからだろう。
そこから漂う気配に、ボクたちは言葉を失った。
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