第298話 謎の走行体と電圧計

 ガレージに到着して、燈梨たちの誘導で中に入り、準備をしているところにランニング組がやって来たよ。

 やぁ、ごくろうごくろう。


 「なんでマイだけ、車なんだよ~。ズルい~!」


 うるさいな柚月。

 だから柚月が掛ける方をやれば良かったのに、拒否したから私が致し方なくやったんでしょ。

 なに? だったら、かかった後で交代すればいいじゃないかって? なに、バカな事言ってるのよ。

 柚月のわがままで私が代わってあげたのに、なんでメリットだけ柚月にくれてやらなきゃなんないのさ、あんまり聞き分けない事言うとビンタだからね。

 “ビシッ”


 「してるじゃないか~っ!」


 既に今日の最初からカウントされてるんだよ。それによると本来なら4発くらいはいってても良いのに、サービスで1発にまけてあげてるの。感謝しなさい。


 「しない~!」


 もう、これじゃ作業が進まないよ。

 ななみん、お願い。


 「了解っス!」

 「なにするんだよ~!」

 「ズッキー先輩がいると、作業が進まないので、強制排除っス!」

 「やめろ~!」


 柚月がななみんと、沙綾っち、七菜葉ちゃん、陽菜ちゃんに連れられて、ガレージの奥の方へと消えていった。

 取り敢えず、空手家と、キックボクサーと、レスリングにテコンドーだから、抑えられるでしょ。


 さて、邪魔者が……って、本来は柚月の車だから、本人がいないってのもためにならないんだけどさ。

 まぁいいや、とにかく作業を前に進めよう。


 まずはエンジンをかけてアイドリング状態にして、部の備品であるテスターで、電圧を測ってみよう。


 「マイ、電圧計ならタコメーターの脇に無かったか?」


 結衣、それはノンターボ乗りの言う事なんだよね。

 R32の補助メーターは水温計と燃料計、油圧計は共通なんだけど、あとの1つはグレードによって違うんだよ。

 GTS-t系はブースト計で、GTS-4とGT-Rは、フロントトルクメーターなんだよ。まぁ、私のは社外品のブースト計をつけた時に、兄貴が電圧計に入れ替えてるけど、本来であればターボ車の場合は、電圧計は無いんだよ。


 「そうなのかー」

 「本当っス! 部車のタイプMもブーストメーターになってるっス!」


 ななみんが、部車を覗き込んで言った。

 あぁ、ななみん、早かったね。


 「ズッキー先輩は、縛り付けて、塗装ブースに閉じ込めたっス!」


 なるほど、だから静かなんだね。

 さっすがマゾヒスト部だけあって、拘束させたら天下一だね。


 「マゾヒスト部じゃないっスー!」


 さて、本題に戻る前に、結衣に言っておくけど、純正の電圧計や油圧計は、あくまでも目安にしかならないからね。

 あれを過信して、大丈夫だって思い込むのは早計だからね。特に私らの車なんて古いんだからさ。


 「そうなのかー」


 現に、私のタイプMの油圧計は、信号とかで停止すると0を指すからね。エンジンがかかってる間は、絶えず油圧はかかってるはずなのにね。


 「そうなんですね」


 紗綾っち、そうなんだよ。

 代表的なのは、水温計ね。

 あれは、敏感に作れない事は無いんだけど、正確に動き過ぎると、真夏の渋滞路とかでみんながパニックになっちゃうから、敢えて鈍感にしてあるって話だよ。


 「そう言えば、真夏にマイの社外品の水温計、アラートが点灯してるのに、純正は平常値指してたもんね」


 そんな事があったね、優子。


 さてと、ここから本題に戻って、このテスターを使って電圧を測るんだけど、こりゃぁ低いね。きちんと充電できてないのは間違いないね。

 ちょっと優子、中に入って私の指示通り動いてくれる?


 「うん、分かった」


 それじゃぁ、いくよ。

 まずライトオン……よしっ、次にヒーター最強……よしっ、それで、リアのデフォッガーオンにして。

 オッケーだよ!


 「どうだった?」


 優子が降りてきて開口一番言った。

 うん、ご臨終だね。物凄い波形がバラついたよ。


 「どういう事なの?」


 あぁ、燈梨。

 これはね、この車の正常時の電圧を測った上で、電装品を使った時も正常値に近いところを指すかどうかで、オルタネータの状態を見てたんだよ。

 

 「オルタネータって、なんですか?」


 若菜ちゃんが質問してきたよ。

 オルタネータってのは、発電機の事なんだよ。

 車の場合は、バッテリーに溜めた電気で、エンジンをかけて、そのエンジンの動力を使ってオルタネータで発電させて、バッテリーに溜める……っていうループになってるんだよ。


 だけど、発電機も長いこと使っていると寿命を迎えちゃうんだ。

 その寿命か否かを今調べてるんだよね。

 昨日、バッテリーは交換したから、そうじゃないのは確定で、そうなると次にベルトの寿命か、オルタネータ本体の寿命か……ってなるんだけど、ベルトも目視とたるみの確認をしたところ確定だから、最後の関門は、オルタネータ本体のチェックって事になるんだ。


 「そのオルタネータの交換って、大変なんですか?」


 うん、簡単ではないよ。

 エンジンの下の方についてるし、ベルトもかかってるから、一度外してからの作業になるからね。


 「それじゃぁ、それを後回しにして、ベルトだけ先に交換しても良くないですか?」


 う~ん、それじゃぁ、解決にならないんだよね。

 オルタネータ本体が寿命な場合は、いくら周辺を新しくしても、発電をしてくれないからさ、せっかく新品に交換したバッテリーが、放電を繰り返すことによって、寿命を大幅に縮めちゃうことになるからね。


 若菜ちゃん、今の状態がどんなものなのか、見せてあげるから、ちょっとポージングして見せてよ。


 「えっ!? 今はアレなので、あとで……」


 それじゃぁ、あとでね。

 なんだよななみん、先輩に対してその目つきは。


 さて、このR32は、今エンジンがかかってアイドル状態だよね。

 それじゃぁ、今から私がバッテリーのマイナス端子を緩めて外してみるよ。

 それ、1、2、3でハイッ!


 “ストン”


 ホラ、エンジンが止まっちゃったでしょ?

 つまり、この車は、バッテリーに溜まった電気だけで辛うじて走ってるって状態なんだよ。


 「よく分からないっス」


 ななみんには、まだ理解できてないのかな。

 よし、実践で見せてあげるね。

 隣に置いてある部車のタイプMは作業中なの?


 「それは、オイル交換に入ってるだけなので、大丈夫っス」


 それじゃぁ、エンジンかけてみるよ。

 安定してきたね。それじゃぁ、こっちもバッテリーのマイナスを外してみるよ。

 それじゃぁ、1、2、3でハイッ!

 “ヴオオオオオオオオーー”


 ななみんは、目をまん丸くしていたよ。

 見て分かったでしょ。

 車は、走りながら発電をして、それで電気を賄ってるんだよ。そして、余った分をバッテリーに溜めて、エンジン始動時に使われる。その繰り返しなんだよ。


 「なるほど!」


 まぁ、これで柚月の車の不調の原因が、オルタネータの死亡によるものだってハッキリ分かったから、次のステップは、オルタネータの交換だね。

 あとは、柚月と話し合ってどうするかを決めるんだけど、そろそろ柚月をこっちに連れてくるか。


 その時、後方で

 “バーーン”

 と音がして、塗装ブースの扉が開くと


 「むむううううーー!!」


 という柚月の声がした。

 振り返ると、ぐるぐる巻きにされて、口にガムテを何枚を貼られた柚月がセニアカーでこちらに向かってきた。


 ななみん、どうなってるんだよぉー!

 私は飛び退きながら、ななみんを問い詰めると


 「ズッキー先輩が暴れるから、あれに縛り付けたんです。オイ1年! あれ、昨日帰りにバッテリー外せって言ったじゃん!」


 と言って、1年生を叱責していた。

 それ以前に、なんでセニアカーが部にあるんだよぉ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『車の発電の仕組みについて何となく分かった!』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 不調の原因が判明した柚月のGTS-4。

 それをもとに、修理の方向性を決めていきます。

 そして、突然現れたセニアカーの正体は?


 お楽しみに。

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