第39話 休日と山越え

 とある土曜日、教習所のある悠梨を除いた4人で、山を越えて、隣の県にできたアウトレットに行くことになった。


 本来だったら、悠梨が免許取れてからなんだけど、となると、次は優子が教習所だし、それに、今週いっぱいまでが、オープニングイベントで、芸能人が来たりとか、来場記念品貰えたりとか、あるからさ、ゴメンね悠梨。


 このメンツだと、優子以外、みんな免許も車もあるんだけど、ガソリンが勿体無いから、言い出しっぺの柚月の車に、全員が乗っていく事になった。

 やっぱり良いよね、車ってさ。


 4月までだったら、電車で行くしかなくて、それも本数が少ないから、帰りの電車の時間までに、全部見て回らなきゃならないんだよ。

 4時半くらいの電車に乗らないといけないから、落ち着いて全部なんて見て回れないよ。


 原付で? いやいやいや、そうなったら柚月しか行かないよ。

 1人だけ90ccだから、山道ドンドン越えてっちゃってさ、私ら3人置いてけぼりでしょ、その上でメット被ってて、風の音とかすると、会話にならないしさ


 行きに柚月のGTS-4を、少し運転したんだけどさ、この車って、やっぱり不思議な感覚になるよね。普段は、普通に後ろから押される感覚なのに、いざとなると、前からも、しっかりと動きが感じられてさ。凄いなと思うよ。


 エンジンは、私のと同じだからさ、特段大きく変わるところは無いかな? でも、タイヤのせいなのか、カーブ曲がる時とかは、少し、ぐにゃっというか、フラッというか、そんな感覚がある事も事実なんだよね。


 ねぇ、なんか私って凄くね? これだけできれば、の、もーたーじゃーなりすと? じゃね?

 これで、今なら需要あるかもよ、JKの自動車評論家的な地位を確立させちゃえば、新車試乗するだけで、お金貰えちゃう的な、そんなの。

 ホラ、ここは、兄貴のネームバリューを最大限利用してさ。『あの』沢渡遊馬の妹の、評論家って触れ込みでさ。


 痛っ! なにすんのさ。え? そんなレベルでなれる訳ないって? そんなこと言ったら、世の中、面白くもないのにテレビに出てる芸人とか、大したことしてないのに再生回数稼いで話題になってる人とか、たくさんいる訳じゃん。

 やっぱ世の中、出たもん勝ちじゃね? ……って、思うのよね。


 オープニングだし、週末だから、バリ混みかと思ったんだけど、広かったのと、山の中っていう条件の悪さなのか、思ったほど混んでなくて、スムーズに回れたし、駐車場も並ばなかった。


 引き換えられるものは引き換えてきて、私と柚月は、服系を中心に攻めて、お洒落着を買っちゃったんだ。

 柚月、これさ、結構イケてるよね。上下組みだけどさ、敢えてバラバラにして、組み合わせ変えるとさ、結構可愛い系も、ちょっと大人っぽい感じにもコーディネートできてさ。


 昼頃、結衣と優子と落ち合った。

 2人は、服じゃなくて、アクセサリー系とか、見て回ってたんだね。

 優子、その帽子買ったの? 結構可愛いよ。


 なんか見るだけ見て回ったよね。お昼にして、午後は、ファッションエリアから出て、あっちの方を回ってみようよ。


◇◆◇◆◇


 いやぁ、時間帯がバッチリ合ってたから、お昼、並んだねぇ……。

 さて、こっちのエリアは、100均とか、本屋さんとか、食品スーパーとかかぁ、ちょい微妙だね。

 

 あれ? 柚月、どうしたの? 案内板見て立ち止まっちゃって。

 オイ! いきなり私の手を掴んで、何処に行く気なんだよぉ? ちょっと、なんとか言いなさいってばぁ~。


 こっちは、建物の反対側か、こっちにもお店があるんだ。ホントに広いね。

 おや? この看板に見覚えがあるぞ……って、この間、結衣に連れて行かれた中古パーツ屋さんじゃないか。ここにもオープンしたのか。

 なるほど、さすがに新しいだけあって綺麗だね。何か探してるの? あぁ、柚月も足回りか、優子と見てるポイントが一緒なんだね。


 え? さっき、私が、足回りがダメって、言っただろって? 言ってないよ! なに? カーブを曲がるたびに、ぐにゃっとするだとか、フラフラする、だとか言ったじゃないかって? そういうのを『足回りがダメ』って言うんだよ……って、言いがかりだよ。


 それにしても、結衣の時も思ったんだけど、このご時世に、R32の部品なんて、あるもんかねぇ……もし、あったとしても、30年も前のものだから、きっと納屋の中でカビてたやつじゃね?

 痛っ! いちいち叩くんじゃない、柚月、このぉ~! 胸揉んでやる! どうだ! 参ったか? 参ったって言え!


 「ゴメンなさい、参ったよぉ~!」


 まったく、謝るくらいなら、最初から、やらなければ良かったのよ!

 何見てるの? ……って、足回りか。

 柚月、なんでGT-Rの足回り見てるの? 見栄張ってるの? 違う? GTS-4はGT-Rと足回りが共通で、GTS-tの足回りを流用できないって?


 ふーん、面倒だね。

 エンジンは、GTS-tと共通なのに、足回りはGT-Rと共通なんだ。

 なになに? タイプMでも、寒冷地仕様車は、GT-Rと共通だって? ってことは、私のやつはどっちなんだろう? 


 ……それにしても、高いねぇ。中古でも10万もするもんね。

 え? 私は恵まれすぎなんだって? 何もせずに、オーリンズの車高調なんてついてて、だって? 別に、私はそもそも、あの車でなくても良かったの! 兄貴が置いてったから、アレになっただけなんだから。


 しばらくは無理かなぁ……って、仕方ないよ。あの車だって、奇跡的に見つかったようなもんだからね。そうそうラッキーは転がってないんだよ。

 そもそも、今日私が、余計なことを言わなければ、気にならなかったんだって? 人のせいにするなよ! 


 あ、結衣、聞いてよ。柚月がさぁ、すぐ人のせいにするんだよぉ、自分で、こんなマニアックな車、選んだくせにさ。


 その時、GT-Rの足回りというフレーズで、引っかかる出来事があったが、確信が持てなかったので、黙っていることにした。


 中古パーツ屋さんを出ると、中央広場で、ラジオの公開放送が始まり、ゲストにイケメン俳優が来る……という放送が流れたため、結衣と優子が、猛烈なダッシュで吹っ飛んでいった。


◇◆◇◆◇


 良かったね。前の方に陣取れたから、間近で見られたし、それに何より、サイン入りの記念品貰えたしね。

 折角だから、クレープでも食べていこうよ。今、静かなクレープのブームらしいよ。

 クレープを食べながら、私は、久しぶりに自分がJKらしいことをしている事に、ホッとしていた。そうだよ、折角の土曜日に、ガレージで、オイルまみれになりながら、カップ麺食べるのとじゃ雲泥の差だよ……って、そんなシチュエーションになった事は無いけど、このメンバーだと、いつ、そうならないとも限らないからさ。


 そうだよ! 今日は、車の事は忘れよう。忘れるんだ。

 みんなが、私を引っ張って、人がたくさんいるところへと誘っているよ。いったい何屋さんだろう?


 なんで、みんなラジコン屋さんに入るんだよ! 大体、1分の1スケールのやつ持ってるだろ? 

 それに、私ら自動車部、略して車部だよ……って、そこ、イントネーションを間違えない! ラジコン部じゃないんだよ。

 なに? 自動車部というのは、自動車本体に限らず、自動車文化全体を学ぶ部だから、スケールに拘っていてはダメだ? ……もっともらしい事ばかり、言いやがって。


 でも、こんな大きいんじゃ、学校にでも、持っていかない限りは遊べないから、やっぱり、こちらの世界の住人には、なれないね。

 そんなマイには、こっちがおススメだよ? いや、勧められても、やる気ないですから……って、こっちは随分小さいね。

 なんか、ミニカーよりは少し大きいけど、ラジコンに比べると物凄く小さい。ミニッツって言うんだ。

 ボディの着せ替えもできて、家でも遊べて楽しいよ? みんなで部室でやろうよ?  だから、私らは、ラジコン部じゃないからね。え? 固いこと言うなって? なんだよ柚月、さっき、足回りは少しくらい硬い方が良いって、言ってたくせにさ。 


 でもって、R32なんて、昔の車のボディなんて無いでしょ……って、あるの? GT-Rだけど、別にプラモ改造のスキルがあれば、ボンネットを埋めて、スポイラーを加工すれば、取り敢えずのタイプM仕様も可能になるって?

 ちょっと待て! なんでもう、私が買うみたいな、前提の話になってるんだよ。待てって、こんな、何万もするものを、右から左に買えるかっての!


 まったく……と、帰り道で柚月のGTS-4の助手席で、噴飯やるせない思いを噴出させた後で思った。


 結局、車のこと、忘れられてないじゃん……。

 

 

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