第20話 収穫の土曜日
土曜日になった。今日はディーラーに行って部車の鍵を受け取ってくることになっている。
お金払ったら領収書を貰って来るのを忘れずに……と。
ディーラーでピカピカの鍵を2本受け取ってきた。
なるほど、鍵の握りの下に「X※※※※」って彫ってあるから、このX以下の番号をメモしておけば良いのね。
一緒に、昨日の部車の状況を話して、この場合はコイルも替えた方が良いのかを訊いてみると、交換するのが、今後の事を考えるとベストだけど、部車と言う使い方から鑑みると、壊れてから替えるのでも良いんじゃないか? という見立てだった。
ちなみに、コイルを新品で買うと、柚月が調べた金額よりも、更に高くなっていた。
担当者曰く、古い車の部品は、保管料などがあって毎年上がって行くのは間違いないそうだ。それに、製造廃止になるものも出てくるので、気になったものは、先に値段と在庫を調べてから、貯金に励んだ方が良いとの事だった。
私の車は、綺麗に乗られているので、特に必要なものは無いが、ゆくゆくは、ドア周辺のゴム関係を買っておいた方が良いのではないか? とのことだった。
さっき、一応値段見たけどさ、片方で2万とかだから、しばらくはあり得ないな……。
帰り際に、ティッシュ1箱貰っちゃった。
丁度車にないから良かった。
えっ!? あ、そうそう、水温計ね。
先週納屋の中を見たら、兄貴が置いていったのがあったんですよ。
ただ、コードが結構ぶっといから、上手く隠せなくて、ぶらーんと出ちゃってますけど……。
え!? メーター下のオプションスイッチ用の蓋を外せば、コードが裏側に隠せる? それはどうやって? ここのサテライトスイッチ周りをパネルごと外して、裏側から爪をこじると外れるのか。
サテライトスイッチ周りを外すには、見えるネジ以外に、足元の内装を外してからでないと、出てこないネジが2本あるのね。
よーし、帰ってからやってみよう。
その時、私の目に映った光景に、ちょっと衝撃を受けた。
奥のスペースに止まっていたR32型の鍵を、外からリモコンで閉めているのだった。
担当の人に、そのことについて訊いてみると、R32にも、オプションでキーレスエントリーの設定が、ある事にはあったそうだ。
ただ、今見た車に関しては、後付けのものらしい……って、後から付けられるの?
訊いてみたところ、元々キーレスでない車を、後からキーレスにするキットは、売っているそうだ。
昔は、カー用品店なんかでも売っていたけど、今は、需要が少なくなったことから、扱いが無くなり、通販が主流らしい。……確かに、今はキーレス当たり前だからね。
取り付けに関しては、オーディオやスピーカーの交換を、自分でできるスキルがあれば、自分で取り付けることも可能らしいよ。
……この間、スピーカー交換は自分で出来たんだよね。なんか、それができるから、キーレスも自分でつけられるんじゃね? なんて期待が膨らんできちゃった。
買う時は、大抵別売りになっているガンモーターというものを1つ買っておかないと、作動しないらしいので注意が必要らしい。
今日のディーラーは、色々な収穫があったぞ。
そうなのか、この車も、今の車みたいにキーレスエントリーにできちゃうのか、それなら、あった方が良いに決まってるぞ。
ただ、問題は予算だよねぇ。いくら便利だからって、2万とか言われたら、とんでもない話だからね。
まぁ、無いとは思うけど、カー用品店を覗いて行ってみよう。
しかし、ここのところ、休みごとにカー用品店に来ているような気がするなぁ……って、毎週こんな所に入り浸ってたら、ダメ人間になっちゃうよ。JKの来るところじゃないよね……って、目の前を走る車、トランクに「230JK」なんてエンブレムが付いてる。 グレード名かな? それにしてもいやらしいグレード名だ。
駐車場に車を止めて、入口のほうに歩いて行くんだけど、そんなにR32って珍しいのかな? 結構あの車を見てる人が多いんだけど……結構人に見られてるのも悪くない気分だな、と思いながら歩いていると、突然背後から
「だーれだ?」
と言われて、目隠しをされてしまった。
声で分かる。柚月だけど、アイツに限って、こんな分かりやすいことをする訳がない。
どうせ、悠梨あたりに目隠しをさせ、私に外させて
「罰として、目隠しのまま店内1周ね~」
とか言い出しかねない。
まともに答えるだけ損だ。
「ハリウッドザコシショウ」
「ぶっぶ~……ハズレ~、ってか、マイ、真面目に答える気が無いな~……そんな子には」
と言う声と共に、右頬になにかがチクッと刺さる感触がした。
「罰として、さっきそこに落ちてた、犬のうんこをつついた棒で刺しちゃお~」
「真面目に答えたところで、一緒だろーがー!」
私は屈んで目隠しから逃れると、そこには柚月しかいなかった。
「放せー!」
「嫌だよ~、どうせマイは怒るじゃん~」
「当たり前だー! こんな小学生みたいな真似しやがって!」
柚月の拘束から逃れたと思ったのも束の間、私は、再び目隠しされてしまった。
「これから、この状態でマイに運転して貰って、家まで送って貰お~。『2人羽織りドライブ』だね~」
柚月は私を目隠ししたまま、私の車の方へと向かい始めた。
このバカ力で押し切られると、さすがに辛いものがある……と思い始めた時だった。
「おい! ユズ……もとい、クズ! やめないと怒るわよ!」
結衣の声がしたと同時に、私は解放された。
「マイ、ダメだよ。コイツに好き放題させちゃ! コイツは調子に乗るんだからさ」
まぁ、コイツが調子に乗るのは、止め役である、結衣か優子がいる時に限られるのだが。
「なんで結衣がここにいるの?」
私が訊くと
「いや、一応免許も取れたし、ここって中古車の検索とかもできるでしょ。車が来る前に揃えておきたいものとかあってね」
と、照れくさそうに言った。
私たちは、2階のフードコートに来ると、この間のファストフードで、ハンバーガーと、ポテトを食べながら話した。
どうやら結衣は、ここに来たところ、たまたま、柚月に出くわしたらしい。柚月は、午前に教習所があって、その帰りに寄っただけらしい。
私は、2人にここに来た目的を訊かれたので、ディーラー帰りに、キーレスが無いかを見に来たのと、そろそろバイトの給料日なので、オーディオの価格を見に来た話をすると、柚月から
「今時、キーレスは売ってなかったと思うよ~」
と言われてガッカリしていると、続けて言われた。
「ネットオークションとかで買えば~? 通販で、ちゃんとしたやつ買うと、本体1万、ガンモーター5千円とかだけど、ネットオークションの無名のやつなら、本体2千円の、ガンモーター千円くらいだよ~」
そんなに安いの? でもって、そういうのってちゃんと動くの? と思っていると
「疑ってる~? 優子のお婆ちゃんのミニキャブにつけたけど、ちゃんと動いてるよ~」
と言われて、物凄く心躍ってしまった。
まさか、夢のキーレスエントリーが、ぐっと現実に近づいてくるなんて思わなかった。
更に、オーディオも、ネット通販と価格を見比べてから買うことを勧められた。
「どうせ、自分でつけるんだったら、何処で買っても同じだしね~。私ら学生じゃん。なるべく安くあげないとさ~」
と、へらっとしながら言う柚月に、私は底知れぬオーラを感じてしまった。
そして、話題は結衣へと向かっていった。
「結衣は、車何にするの?」
私が訊くと、結衣はため息をついて
「贅沢言ってられなくてね。ウチはお金が無いし、マイのところみたいに、お兄さんもいないから、予算で見てるけどね……」
プリントアウトされている情報を見ると、総額30万円以下のものばかりだった。……私だって似たようなものだけど、兄貴がいただけ、状況は違っていたのかもしれない。
部には、あれだけ車が集まってくるのにな……と思って、私は言った。
「水野にでも相談してみない?」
「えっ!?」
「マイ~、頭いいなぁ~」
柚月が私の頭を撫でようとしたため、反射的にツッコミの体勢で弾き飛ばしてしまった。
それを見て苦笑いで柚月を見ていた結衣が訊いてきた。
「あるの?」
「細い希望を言うと、難しいと思うけど、ある程度の幅なら見つけられるんじゃないかな? だって、今回の新部車だって、見つけて来たし……」
と言って、私は、この2人には言ってはいけないワードが含まれていることに気がついて、口を噤んだ。
「マイ~、新しい部車って何が入るん~?」
「ちょっと、事前に教えなさいよ!」
場所を移して、私のR32の運転席の内装をばらしながら、私は2人に質問攻めにあっていた。
しかし、これを教える訳にはいかないのだ。事前に水野から言われた際も
「私は、部長である君を信頼しているから公開するのであって、決して事前に情報を漏らすことのないように厳に緘口令を敷く」
と言われてるのだ。
恐らく、もし漏れてしまったら、結衣の車の件のお願いも聞いてもらえなくなる。
そう言うと、結衣は引き下がってくれた。まぁ、結衣はどのみち月曜日に見られるしね。
「マイ! 私には教えてーな!」
柚月はしつこく喰い下がったが、最後は結衣に一喝されて諦めた。
R32の運転席の足元の内装は、右端のエアコンの吹き出し口と一体になっているため、ちょっと外すのに苦労したが、手前にちょっと引き出すだけなので、そこまで仰々しいものではなかった。
すると、メーター脇のパネルの下に、確かに2本ネジがあったため、外し、上も外すと、メーター脇のサテライトスイッチ周りが外れ、裏から使っていないスイッチパネルをドライバーで押してやると、あっさり外れた。
そして、先週の水温計のコネクターを外して、そこから配線を通してやると、ぶっとい配線は奇麗に格納されて、メーター周りは、スッキリ収まって作業は完了した。
「もし、私が免許取れなかったら、部車のこと隠してた2人のせいだからな~!」
ブーたれる柚月に、私は
「まぁ、柚月には一生縁のないようなスーパーマシンだから、せいぜいお楽しみに~……って、柚月は昨日で退部だったっけ?」
と、さっきのお返しに力一杯憎まれ口を叩いておいた。
「私は、退部してない~!」
柚月を悔しがらせることが出来た私は、満足して家路についた。
そして、今日の大きな収穫に、思い切り心躍る私がいた。
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■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになっております。今後も、よろしくお願いします。
次回は
遂にベールを脱ぐ新部車。その正体は?
そして、結衣と水野が対峙する。
お楽しみに。
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