女子高生が、納屋から発掘したR32に乗る話

SLX-爺

春は出会い……編

プロローグ 納屋の奥の赤いクーペ

 電光表示板に、出た番号を、受験票の番号を見比べる。

 485番。良かった、1回で合格だ。


 写真は制服で撮る。

 一応、校則で決まっているというのと、今後の思い出として残るというのもあって、張り切ってアイロンがけをし、用意してきた。


 化粧はするが、ナチュラルメイクにしないと、写真に写った時に変な顔になってしまうので、ナチュラルの範囲内で、しっかりとやる。


 前にバイトの面接をした時、履歴書に貼った写真が、メイクのし過ぎで失敗し、面接した店長からマジで笑われた事があるので、今回は、事前に最寄りのイアンモールにある証明写真機で、ベストになるポイントを押さえた。抜かりはない。


 こうして、私、沢渡舞華さわたりまいかは免許証を手にした。

 進級早々、年齢が上がる事と、小学校の頃、出席番号が早い事がコンプレックスだったが、今だけは、4月の誕生日を嬉しく思った。

 そのおかげで免許が誰よりも早く手にできたのだから。


 私の住むのは、とある山間部にある街だ。

 私が生まれる遥か昔、バブルの頃は、別荘やら、ペンション、ディスコの建設ラッシュで、『リトル原宿』なんて呼ばれたそうだが、バブル崩壊とともに、それらは廃墟化し、元の小さな街に逆戻りした。


 山間部なので、なにせ都会とはワケが違う。

 家から歩いて行ける範囲にコンビニなんて無いし、昔から、ちょっとした買い物でも、母さんの車か、爺ちゃんの軽トラに乗せて貰って行っていた。


 え? さっき、イアンモールに写真撮りに行ったって言わなかったかって? 

 それは、この地域の高校生の必需品である原付で行った訳です。


 山間部にあって、公共交通のインフラが整っていないこの地域では、高校生になったら原付に乗るのは当たり前で、そうでないのは、親か祖父母が毎日送り迎えをしてくれるようなセレブ(?)だけなのである。


 高校も、自転車置き場は、自転車でなく大半が原付が置かれていて、授業でも、月に1限は、安全運転講習の時間が取られている。

 そして、3年生になると、4輪免許の取得が推奨されていて、2輪通学者は、早めの4輪通学への切り替えを促される。


 私も、女子という事もあって、学校側から切り替えを強く勧められ、今回免許を取った。

 それでなくても、取りたかった理由があった。

 まず、バイクは冬場死ぬほど寒い、そして、冬場の凍結でコケる。更に、ヘッドホンで音楽聞いてると捕まるとか、2段階右折が面倒など、ややこしいルールが多くて、早く4輪へと切り替えたいと思っていたのだ。


 学校へと寄って、免許取得の報告と、通学及び駐車スペースの許可を、車が決まっていない段階で申請して受理されたため、必要書類を受け取って家へと戻った。

 リビングにはお母さんがいた。


 「ただいま~」

 「おかえり。舞華、免許取れたんだってね、おめでとう」

 「ありがと。さっき学校に寄って、報告と駐車スペースの申請してきたよ」

 「そう」

 「それで、車の事なんだけど」


 私の家には車が3台ある。

 お父さんのエルグランドと、お母さんのマーチ、そして、離れに住んでいる爺ちゃんの軽トラック。


 しかし、そのどれもが、平日の昼は使われているため、私の通学には使えないのだ。

 そんな事をバイト先で話したところ、先輩からいい話があった。先輩は、来月辞めて東京に引っ越すため、使っていた車を処分するから、くれるというのだ。


 古いけど、タント・カスタム。まぁ、イケているし、室内も広いから、使い勝手良いと思うし、燃費も良いし、申し分ない車だと思えたので、それを切り出そうとした。


 すると、お母さんは次の瞬間


 「ああ、車はね、お兄ちゃんが置いていったやつ、使いなさい」


 と、言った。


 「ええ~……ヤダよぉ、兄貴が置いていったやつなんて」

 「最初は、中古車の方が良いの。お兄ちゃん、この間連絡したら、もう使わないって言ってたから、舞華が使いなさい! 」


 私には、歳の離れた兄貴がいる。名前は沢渡遊馬さわたりゆうま

 今は、東京に暮らし、結婚もして子供もいるのだが、この兄貴が車道楽で困ったものだった。


 私が小学生の頃から、夜になると車でどこかへと出かけていき、翌朝ボコボコにして戻って来たり、戻って来ない車も多々あった。

 1週間で、3回車が変わったこともあるくらい、しょっちゅう車が入れ替わっていたのだ。

 私の学校には、大きな桜の木が3本あったそうなのだが、うち1本を、ウチの兄貴が、RX-7という車で衝突して、倒してしまったそうだ。

 なので、さっき免許取得の報告に行った際も、古株の先生から


 「沢渡~、兄貴みたいに桜の木、倒すなよ」


 と、言われてしまったのだ。

 確かに、その兄貴が、数年前に東京に行く際に、車庫が確保できなかったと言って、当時乗っていた赤い車を納屋に入れていったのを思い出した。


 あの兄貴のクルマなど、まっぴらごめんなので、私は言った。


 「ヤダよ~。バイト先の先輩が車くれるって言うから、そっち貰う~」

 「車は何? 」

 「タント」

 「軽はダメ! 」


 即答でバッサリ斬られた。


 「なんで~? 」

 「軽で運転慣れると、軽しか運転できなくなるから。それに、軽は危ないからダメ! 」

 「私、オートマで、広い車がいい~! 」

 「舞華、あんた、何のために普通免許取ったの! 最初にマニュアル運転して慣らしておかないと、ただ免許だけ持ってる人になるわよ! それにオートマのワゴンなんて、子供が出来てから嫌って程、乗れます! 今の舞華に必要ありません! 」


 確かに、私は限定ではなく、普通免許を取った。

 しかし、それはお母さんのマーチと、爺ちゃんの軽トラが、マニュアル車だったからで、深い意味はない。


 ただ、こうなったお母さんの意見を覆すことは、私だけでは不可能なので、私は夕食会議を待った。

 ……結果、満場一致で、兄貴の置いていった車を使う事で決定した。

 お父さんも、爺ちゃんも、婆ちゃんも、軽は危ないからやめろという点で一致していた。爺ちゃんは軽トラに乗っているのに……だ。

 

 夕食が終わると、お父さんと、爺ちゃんと3人で、納屋の中を確認しておく事になった。

 納屋は、爺ちゃんたちが農業をやっていた頃は、農機具などを入れて使っていたが、やめて以降は、兄貴が、車やバイクの部品などを、仕舞っておく場所になっていた。


 ここまでみんなに否定された以上、諦めて兄貴の置いていった車を使うしかない。卒業まで我慢して乗ればいいんだ。

 卒業して大学に入ったら、他の車にすればいい。その時は、そう思っていた。


 目指す納屋の奥には、埃を被って白っぽくなった赤い色の車があった。

 見てみると、赤とは言っても、真っ赤ではなくて、ワインレッドというのだろうか、ちょっと暗めの赤のメタリックだった。


 車体の大きさは、軽よりは遥かに大きいが、お父さんのエルグランドを見慣れていると、小さめで、『大きすぎず、小さすぎず』と、いうやつだろう。

 横に回ると2ドアで、ドアが長いなー……という印象の強いものだった。屋根には天窓が付いていて、トランクには羽がついている。


 見た感じ、カッコ良い感じで、決して見た目は悪くないが、私はこういう2ドアのスポーツタイプのような車は好みではないので、正直、どうでもよかった。

 受け取った鍵で、ドアのロックを外す。今時、鍵を挿して開ける車なんて、爺ちゃんの軽トラくらいしか見た事ない。この段階で古臭さが満点で、私は好きになれなかった。


 ドアのノブを引いて開けると、大きくて重い印象を受けた。

 室内に入ると、芳香剤の匂いと、カビの臭いがミックスされた、何とも言えない臭いが漂っていた。

 ハンドルの右下にあるイグニッションにキーを挿し込み、右に回した。


 “カチッ”


 もう1度回してみるが


 “カチッ”


 エンジンがかからない。

 その瞬間、私は思った。


 「やったぁ、この車、壊れてるんだぁ」



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■


 多数の作品の中から、お読み頂きましてありがとうございます。

 この状態の舞華が、少しずつ変化していく物語を執筆予定ですので、長い目でお付き合いよろしくお願いします。


 ★、♥評価、ブックマーク等頂けますと、今後、作品を続けていく活力になりますので、宜しかったら、お願いします。


 感想などもありましたら、どしどしお寄せください。

 

 次回は、納屋の中で、エンジンのかからないR32。壊れていると喜ぶ舞華。

 一体どうなるのか?

 お楽しみに。

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