第39話 いるでしょ……彼女!!!
「とりあえず私はお手洗い行ってくるから、待っててよね!」
最後に俺の頭をひとなでした安良岡さんはそう言うと、ビシッと宝山院くんに指差して、この場を後にしてしまった。
残された宝山院くんはというと、唖然としていて、安良岡さんの後ろ姿を見ていた。
「み、みずさちゃん……」
「あ、あの、宝山院くん……ごめん」
俺は謝った。
さっきまで、ずっと安良岡さんに抱きしめられていたんだ。
「いいよ、いいよ。みずさちゃんの方から隠川くんを抱きしめてたんだし。…………まあ、よくはないけど」
「…………」
……怒ってらっしゃる。
でも、当たり前だ。
自分の彼女が、他の男に抱きついていたんだ。
俺だったら、耐えられない……。宝山院くんと安良岡さんは、いつもこうだ。
「でも、僕が悪かったんだ。虫が飛んできたのを、みずさちゃんでガードしたんだ……。彼氏ならこう言う時、守らないといけないのに、よりにもよって僕はみずさちゃんを虫除けに使ったんだ。最低さ……」
「宝山院くん……」
遠くを見ながら、後悔するように言う宝山院くん。
その顔がなんだか様になっているように見えた。
虫が嫌いというのも、なんだかイケメンにぴったりだと思った。
「隠川くんはどうだい? 虫は嫌いかい?」
「俺は大丈夫かな……。この一年で、慣れっこだし」
物置に引きこもっていたこの一年で、俺は虫と何度も格闘していた。
物置は隙間があるから、しょっちゅう虫が入ってくるのだ。
「やっぱり君はすごいよ……。僕なんかとは大違いだ」
宝山院くんが「完敗だよ」と言って、爽やかな笑みを向けてくれた。
「とりあえず、僕はみずさちゃんのところに行ってくるね。やっぱりちゃんと謝らないと」
そう言って、宝山院くんはファサッと前髪を揺らすと、教室を後にしていた。
そして。
俺のそばでジーッとした視線を感じた。
「は、春風さん……?」
春風さんだ。
「……隠川くん、さっき安良岡さんの胸に顔を埋めて、喜んでた」
「そ、それは……」
春風さんが、不服そうに俺の顔を見ていた。
「彼女がいるのに……だめなんじゃないの?」
「彼女……?」
「いるでしょ……。隠川くん、彼女!!」
ぐいっと身を寄せた春風さんが、目に涙を溜めながら問いただすように言った。
「い、いや、彼女、いないいない」
「いるもん!」
「い、いないよ!?」
「いるもん! ほら、あの転校生の子……」
春風さんが、絞り出すように言った。
転校生の子……というのは、多分、詩織のことだろう。
「私、見たの……。土曜日、隠川くんと転校生の子が一緒にデパートに行ってたのを……。隠川くん、転校生のこと、仲良いんだよね……?」
その春風さんの声は、消え入りそうな声だった。
そして、お互いに向かい合うと、春風さんが聞いてきた。
「付き合ってるんでしょ……?」
「俺と詩織はーー」
「あっ、ご、ごめん! やっぱり言わないで!」
「……ぐぇぇっ」
春風さんが慌てて俺の口を手で塞いでいた。
今の春風さんはパニクっているようだ。春風さんは、先週からよくパニくる。
「……ごめんね。私、変なことばっかり言ってる……。わがままで、最低だ……。でも、知りたくなかったよぉ……」
もごもごと口を動かす春風さん。そのときにチャイムの鐘がなり、最後の方はチャイムの音に遮られてしまった。
と、ここで、ガタンという音がドアのところから聞こえた気がした。
「も、もおくんが女の子とイチャイチャしてる……」
「あ、詩織……」
「ぎゃ!?」
詩織だ。
現れたその詩織を見て、春風さんがバランスを崩してコケそうになっていた。
それでも、近くにあった机に手をついて、なんとか体制を整えると、焦ったようにバッグを手に取り、教室から出て行ってしまった。
「ごごご、ごめんなさい!」
「「あっ」」
その後、春風さんなき後の教室に俺と詩織は残されることになり、翌日から、春風さんは俺たちの顔を見るとギョッとして、さらに挙動不審になるのだった。
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