第38話 カップルの喧嘩

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 申し訳ございません……。

 かなり間が空いてしまいました……。


 *前回まであらすじ。

 幼馴染が転校してきて、一緒に学校に通えるようになったのだった。

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「あ、もおくんだ!」


 職員室にやってくると、そんな詩織の声が聞こえてきた。


 放課後の補習の勉強会が終わり、俺は教室の鍵を返しにきたところだった。

 詩織は担任の先生と話している最中のようで、先生もこっちを見ると小さく手を振ってくれた。


「隠川くんは鍵を返しにきてくれたのね。ありがと。勉強会お疲れ様でした」


「もおくん、お疲れ」


「う、うん」


 俺は若干気恥ずかしい気持ちで、二人に頭を下げた。

 二人は笑みを浮かべていて、なんだか見守るようにこっちを見ている。


「詩織は、面談だったよな」


「うん。先生と、色々話してるの」


「詩織ちゃんは三年になってからの転校だから、今日一日過ごしてみて、クラスの雰囲気がどうだったか、とか教えてもらってるのよ」


 詩織と先生が教えてくれる。


「先生。ご迷惑をかけてしまい申し訳ございません」


「ううん。詩織ちゃんみたいな子なら大歓迎よ。成績も優秀だし、明るいし、詩織ちゃんが来てくれたから、今日はクラスのみんなも明るくなってたもん」


「てへへ。それならいいですけど」


 どこか冗談っぽく笑う詩織。

 詩織は先生ともすでに打ち解けている様子だ。

 詩織は先生からの評価も、昔からいいのだ。


「あ、それでね、出席数の関係とかがあるから、詩織ちゃんも学校に慣れてきたら、隠川くんたちと放課後の補習になるから、そのつもりでお願いね」


「分かりました! 明日からでも、大丈夫です!」


「おっ! 詩織ちゃんは、本当にいい子ね!」


 先生の雰囲気も、いつもよりも明るく見える。


 それで、面談はもう少しかかるとのことだった。


「じゃあ、俺は教室で待っててもいいかな……?」


「え、いいの!? うん。待ってて欲しい……。私も、もおくんと一緒に帰りたいっ」


「うん。それなら、待ってる」


 俺も詩織と一緒に帰りたい。職員室で待っていてもいいと言われたけど、俺は一年間学校を休んでいたということで、職員室にいると他の先生たちから生暖かい目で見られることもあり、教室で待つことにした。

 詩織は面談が終わり次第、教室に戻ってくるとのことだった。


 だから、俺が教室で読書をしながら待っていようかと思っていたのだけど……。


「「あっ」」


 教室には、一人の生徒の姿があった。


「春風さん」


「か、かか、かくれぎゃわくん!?」


 春風さんだ。

 放課後、空き教室で、さっきまで一緒に補習で居残りをしていた子だ。


「あ、あの、鍵返しに行ってくれて、ありがと」


「あ、うん。全然」


「「…………」」


 そこで俺たちは口をつぐむと、言葉が途切れる。


 春風さんはソワソワして、俺と目があうとギョッとした顔をして、一歩後ろに下がっていた。

 なんだか距離を感じる。先週みたいな感じに戻ってしまったような気まずさがある。


 これは……どうしてなのだろう。

 先週の金曜日の放課後は、結構、打ち解けあえたと思っていたけど……あれは俺の自意識過剰だったかもしれない。


 放課後の補習の時も、前回はお互いのプリントを交換して採点しあったのだけど、今日はやらなかった。「今日は赤ペン忘れから、自分で採点するね!?」と言って、春風さんは自分のプリントをボールペンの黒で採点してマルをつけていた。避けられているのを感じた。


「あ、あの、春風さん……」


「ひゃ、ひゃい!」


 ビクッとする春風さん。

 その顔は緊張感が走っている。


「あ、いや……」


 俺は思わず口をつぐんでしまう。


 放課後の教室には俺たち二人だけの姿。

 静かだった。だからこそ、俺は春風さんに近づいていけないような気がした。


 ……そんな時だった。


『宝山院くんなんてもう知らない!』


『ま、待ってくれよ! みずさちゃん!』


 あ、宝山院くんだ。


 爽やかイケメンの宝山院くんが、彼女である安良岡さんに怒られながら教室へと入ってきた。

 安良岡さんが不機嫌そうに、後ろにいる宝山院くんを追い払おうとしている。……これは喧嘩の気配。


「あっ、隠川くん」


 そんな安良岡さんが俺の方を見ると、春風さんの方も向いて、ひらひらと手を振ってくれた。

 俺と春風さんは恐る恐る安良岡さんに手をふり返し、そうすると安良岡さんはこっちへとやってきてくれた。


 その顔には不服そうな感情が込められていた。


「ねえ、聞いてよ、隠川くん、宝山院くんが、信じられないのよ! さっき、窓から虫が飛んできたんだけどね、私の背中に隠れて、よりにもよって彼女の私を盾にしてきたの!」


「ご、ごめんよ、みずさちゃん……!」


 縮こまって謝る宝山院くん。


「僕は怖かったんだ。でも、みずさちゃんはミミズとかも素手で触れるから、つい……」


「だからって、彼女を盾にしていい理由にはならないでしょうがぁ! 私は、虫除けか!」


 べし!


 安良岡さんが宝山院くんにチョップをかましていた。


「おふふぅ……!」


 チョップを受けた宝山院くんはどことなく嬉しそうで、せっかくのイケメンな顔が台無しになっている気がした。


「もういいわっ。こうなったら、私、隠川くんに守ってもらおっ」


「「ちょーー」」


 そうして、安良岡さんが抱きついたのはというと、俺の体にだった。

 安良岡さんの制服越しに、確かな温かみと柔らかみを感じる。安良岡さんは正面から、俺に抱きついていて、体がピッタリとくっついていた。


 そして彼女は俺の頭の後ろに手を回し、そのまま自分の胸の方に手繰り寄せると、俺は安良岡さんの胸に顔を埋める態勢になってしまっていた。


「うわぁぁああ、みずさちゃんッッ!? 僕もまだ、そんなことしてもらってないのにぃ!」


 宝山院くんの心からの叫びが教室に響いており、


「えへへっ。隠川くん、いい子いい子っ」


「「ちょーー」」


 安良岡さんは胸の中にある俺の頭を撫でて、可笑しそうに笑っていたのだった。

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