第35話 一緒のクラスがいいね。


 陳列されている商品を見ながら、手にカゴを持って棚の間を歩いていく。

 店内には、最近話題のアイドルの歌が流れており、それがB G Mになって店内を賑わせていた。


「シャーペンとかはあるんだっけ」


「あ、うんっ。でも一応、買い足しておこうと思うのっ」


 詩織はそう言うと、近くにあったシャープペンを選び始めていた。

 ピンク色のやつと水色のやつ。顔を近づけて、それをまじまじと見ている。


「ねえ、もおくんは、どっちがいいと思う?」


「そうだな……。水色がいいかもしれない」


「お! 私も水色かもっ、って思ってたのっ。じゃあ水色に決めたっ」


 カゴの中に水色のシャープペンが入れられた。



 スーパーのところで会った幼馴染の詩織。彼女はどうやら買い物にきたらしかった。


 この時間帯は、スーパーの商品が一部割引される時間帯でもある。だから、食料とかを買いに来たらしい。

 それと、来週から詩織も高校に通うことになっているのもあるため、必要な物も買い揃えようと思っていたみたいだった。


「でも、買い物に付き合ってくれてありがとね。もおくん、学校終わりで、疲れてると思うのに」


「いいよ。それに、買い物があるなら言ってくれれば、一緒に行くのに……」


「ふふっ。ありがとっ。でも、もおくん……さっきまで学校の子とイチャついてたんだよね」


「あっ、あれは、そのっ……」


「ふふっ。もおくんっ、さっき一人でカッコつけてたもんね」


 詩織が可笑しそうに笑っていた。

 でも、一番見られたくないところを見られてしまった……。


 あの後、詩織はどこか恥ずかしそうにしていた……。カッコつけていた俺の姿を見て、詩織まで恥ずかしくなってしまったらしい……。苦い思い出が生まれてしまった……。俺は、もう二度とあんな風に格好をつけないと、誓うことにした。


「とりあえず今日はノートとか消しゴムとかを買っておくことにして……」


 詩織が手に持っているメモ帳を見ながら、他に買わないといけないものがないかを確認している。


「あとは、明日でいいかな。ねえ、もおくん、明日土曜日だし、もしよかったら大きなデパートまで一緒に行かない?」


「うん。分かった。俺も行く」


「もおくん、ありがとう!」


 詩織が微笑んでくれる。その顔を見ていると、俺も明日が楽しみだと思えた。


 そんな風に、ひと通り今日買うものを購入して、俺たちはスーパーを出た。



 時刻は18時過ぎ。

 まだ暗くはなっておらず、空にはゆっくりと沈んでいく夕日が浮かんでいた。


 買い物袋が二つ。

 割引されていたお菓子を買い込んだこともあり、結構な荷物になった。

 その買い物袋を一つずつ持って、俺は詩織と一緒に帰り道を歩いていく。


「でも、やっぱり袋は、もう一個の方も俺が持つよ。重いしさ」


「いいの……? もおくん、疲れてない……? だって、学校に行き始めたのはこの前からだし……」


「ま、まあ……引きこもってたもんな」


 確かに、放課後はどこか疲労が蓄積されている感はあるかもしれない……。

 風呂に入る時とか、体の節々が痛くて、特に足が痛い。ずっと物置に閉じこもっていたから、足の筋肉が衰えているのだ。


 でも、腕の筋肉とかは、大丈夫だ。


「俺、細マッチョだと有名だし、持つよ」


「ふふっ。妹ちゃんが言ってたもんね。うちのおにーちゃんは、細マッチョだって。……ありがと」


「うん」


 俺は詩織から袋を受け取って、両手に買い物袋を持った。

 隣を歩く詩織は、照れたように微笑んでくれていた。


「じゃあ、もおくんのカバンは私が持つねっ」


 そう言って、俺が持っていた学校用のカバンを、詩織が持ってくれる。


 だから、俺が詩織の買い物袋を二つ。

 詩織が、俺のカバンを持ってくれて。


 そのまま二人で歩いていく。


「えへへっ。こういうの、なんかいいね。恋人っぽく見えるかなっ」


「あ、ちょ、こら……」


「えへへっ」


 体を俺の方に傾けて、俺の腕に頬擦りをしてくる詩織。

 両手で袋で塞がっている俺に対し、じゃれつくように笑顔を向けてくれる。


「もおくんっ。学校の匂いがするっ。今日もちゃんと学校行けてお疲れ様でした」


「うん……約束だしな」


「ふふっ。また約束守ってくれたっ」


 行くって言ったもんな。

 詩織と、そう約束したもんな。


「でも、それだけじゃなくて……普通に今、楽しいかな」


「おおっ。それはいいことだ」


「うん」


 ……楽しい。


 まだ引きこもり期間を終えて、高校に行くようになったばかりだけど、普通に今、楽しかった。これは今だけの気持ちなのかもしれない。

 それでも、楽しかった。色々あるけど、今のところは苦だと思ってはいなかった。


 不思議なものだ。


 一年前のあの日までは、休むことなく毎日学校に通っていたけど、こんな風に思ったことはなかったのに。


 これは、当たり前が当たり前じゃなくなったからこそ、気づけたこと……だなんて、ただ物置に閉じこもっていた俺が言っても、微妙な感じにしかならないけど、それでも、そういうことを再確認できた気がする。


 そして、これは詩織が帰ってきてくれたから、そう思えるんだ。

 詩織が帰ってきてくれなかったら、俺は今もあの物置にいたと思う。


 幼馴染で、ずっとそばにいて、会えなくなっていた詩織が帰ってきてくれたから、俺は今こうしていられるんだ。


 そして来週から、その詩織も高校に通うことになる。


「楽しみだよね。私は楽しみ!」


「俺も……楽しみだ」


 詩織と一緒に通えるようになるのが楽しみだ。


 一年遅れでも。三年遅れでも。

 その分を取り返すぐらい、詩織との最後の高校生活を過ごしたい。


「一緒のクラスだといいねっ」


 詩織がどこか照れたようにそう言ってくれた。


「うん。でも……もし違ったら、俺は学校に行かなくなるかもしれない……」


「も、もおくん!?」


「じょ、冗談だよ。でも、とりあえず、祈ろう……。ど、どうか、お願いします……。一緒のクラスになれますように……」


 ほ、本当にお願いします……。


 俺は祈る。

 実は、昨日も寝る前に祈っていた……。一昨日もだ。

 別々のクラスになったら……本当に、立ち直れない……。


 だから、どうか、詩織と一緒のクラスに。


「ふふっ。もうっ。もおくんってば……。でも、一緒のクラスだといいね。私も、もおくんのそばで過ごしたい……」


 それっきり詩織は俺の腕を抱き締めたまま、特に言葉はなかった。


 二人分の足音が、夕方のコンクリートの地面を叩いていく。


 夕方の風はどこかぬるい風で。

 だからこそ、隣にいる詩織の暖かさが、なお心に沁みた。

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