第33話 まだ若干気まずい帰り道。
「か、隠川くん。採点、よろしくお願いします」
「うん。俺のもお願いします」
「ま、任せてっ。しっかり採点するねっ」
俺たちはプリントを交換すると、お互いに採点を始めた。
赤ペンがプリントの上を滑る音が、シュッシュっと二人分、教室に響いた。
せっかく二人いるということで、俺たちはお互いのプリントを交換して、それぞれ答え合わせをしようということになったのだ。
解答用紙はすでに配られている。だからそれを見ながら、プリントに赤ペンを入れていく。春風さんは、満点だった。
「おお……。隠川くん、満点だ……」
「春風さんもだ」
「あ、いや、私……答え見ながらしてたから」
「実は俺も」
「ふふっ。じゃあ、同じだっ」
春風さんが控えめな様子で笑っていた。
でも、俺は答えを見ながら解いていた。普通なら、反則だ。
でも、先生が今日はそれでもいいと言ってくれていた。
『とりあえず二人には感覚を取り戻すのを優先させよっか。学校でペンを握って、プリントに向かい合う。学校には学校特有の雰囲気みたいなものがあるから、やっぱり家で勉強する感覚とは違うもんね。だから、答え見ながらでもいいから、集中して頑張ってみよう』……と。
大体、今で一時間ぐらいだ。
一時間集中して解いて、5分かけて俺たちはお互いのプリントの採点をした。
これが、これからしばらくの間、毎日続くことになるらしい。
一年間休んでいた俺は、春風さんよりも欠席日数が多い。だからいずれは先に春風さんがこの自習室から卒業して、俺は一人ですることになると思う。
「とりあえず、もう暗くなってきたし、今日はここまでにしよっか」
「うん」
俺たちはお互いのプリントを返すと、帰り支度を始める。
今の時刻は、17時50分。
窓の外を見てみると、まだ夕日は高い。だけど、遠くの空はうっすらと暗くなっている。
自習室を出て、一応鍵を閉めて、職員室へと鍵を返しにいく。
その後は、靴箱へと向かい、靴を履き替えればあとは帰るだけだ。
だけど……新鮮な気がする。この時間に下校するというのは。
部活をしていればこの時間まで学校に残るのも珍しいことではないだろうけど、俺は部活に入っていない。だから、この時間まで学校にいるというのは、なんだか馴染みがなかった。
「春風さんは、部活とかはしてないんだっけ……?」
「あ、うん。一年生の頃、部活しようと思ったけど、やっぱりやめたの。やりたい部活も特になかったから」
「そっか……」
そんな言葉を交わしながら、俺たちは校庭へと出た。
そのまま校門を潜り、学校の外へ。
「あ、あの、隠川くんっ。せっかくだし、私、隠川くんの家まで送っていくよ」
「えっ」
少し緊張した様子で、そう言ってくれる春風さん。
でも……流石にそれは申し訳ない気がする。あと、春風さんは今日一日、若干気を遣ってくれている節がある。
今日の朝もそうだった。朝の挨拶を直接してくれた春風さん。
放課後、つまりさっきの自習室でお互いのプリントの採点をしあおうと言ってくれたのも、春風さんだったりする。
……やっぱりまだ一年前のことが、尾を引いているのかもしれない。
俺も春風さんと一緒にいると、度々あの時のことを思い出したりはしていた。自然にだ。
「迷惑じゃなければ……だけど」
恐る恐ると言った風に、上目遣いをする春風さん。
「あ……ううん。それなら、途中まで一緒に行こうか。まだ明るいけど、暗くなると危ないかもしれないしさ」
「! う、うん! えっと、えっと、じゃあどっちから行く!?」
「こっちから行こう」
「う、うんっ」
頷きあって、歩き出す。
俺と春風さんの家は帰る方向は別々だけど、そんなに遠くはない。
だから、春風さんの下校道で帰ることにした。
昨日も、一昨日も、一応、春風さんの家まで行っているから、もう結構覚えている道だ。
ほどほどの人通りと、ほどほどの車通りがある道の歩道を、二人で一緒に歩いていく。
俺たちの足元から影が伸びている。春風さんは鞄を肩に下げていて、その横顔が夕日に染まって若干赤く色づいていた。
「あ、あの、隠川くん……今日の授業、どうだった!?」
「授業……。英語が難しかった」
「ああ、英語かぁ……。私、英語得意だから、今度教えるよ……?」
「おお……。それなら今度、お願いしようかな」
「う、うんっ! 任せといて」
歩きながら、そんな会話もしたりして。
その途中、道にスーパーがあった。
テントの下に自転車売り場がある、大きさはそこそこのスーパーだ。
「あ、あの、隠川くん。せっかくだし、アイスでも買って行かない……?」
「お、いいかも。今日、少し暑いもんね」
「う、うん! …………………………でも、隠川くん……やっぱり怒ってる」
「え”っ」
途端に泣きそうになる春風さん。
「だって、さっきから、話してる時も視線を逸らしてるし…………隠川くん、怒ってる……」
「あ、いやっ……」
……いや。
……でも、これは俺が悪かった。
「「〜〜〜〜っ」」
なんとも言えない雰囲気が、俺と春風さんを包み込む。
そんな夕焼け空の下、俺は額に手を当てながら、自分の至らなさを呪うのだった。
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