第32話 放課後は自習の時間
『あ、隠川くんと春風さんは、放課後、自習室へと来てください。大事な話があるから』
放課後。帰りのホームルームで担任の先生がそう言って、解散になった。
俺と春風さんは顔を見合わせると、なんとなくどういう話が行われるのかを察した気がした。
「とりあえず行ってみようか」
「う、うんっ」
鞄を持って、自習室へと歩き出す。
自習室は職員室の隣の教室だ。
そこが空き教室になっていて、補習とかが行われる場所だ。
「こ、ここでいいのかな?」
「先生はまだ来てないか……」
ドアを開けて、中を覗き込んでみる。
夕方の教室。窓は閉められており、空気が薄く、どこか息苦しさを感じた。
先生はいない。春風さんは恐る恐るといった様子で、俺の後ろにいる。
とりあえず俺は部屋に入り、電気をつけると、窓を開けて、換気をすることにした。
どちらかといえばぬるい風が、教室の中に入ってくる。放課後特有の風という感じだ。窓の外を見てみると、校庭を歩いて帰っている生徒の姿が一望できた。
そして、そうやっていると先生が来てくれた。
「お! 二人はちゃんと来てくれたね。換気までしてくれて、気が利くね。偉い偉い。とりあえず二人はこの席にどうぞ」
「「はい。失礼します」」
俺と春風さんは、教壇の前の席に着いた。
先生は教壇に立っていて、俺と春風さんの顔を見ていた。
「でも、なんだか久しぶりね。こうして二人の顔を同時に見るのは。二人は休みが多かったけど、今日は二人とも学校に来てくれたし、これで先生もようやく安心できるかな」
「「そ、その節はすみませんでした……」」
「ふふっ」
俺と春風さんは謝った。
先生は安心したように笑っていた。
「それで、ここに呼ばれた理由もなんとなく分かっているみたいね」
「はい。出席日数のこと……ですよね」
「うん。隠川くん、正解。春風さんも分かってたみたいね」
「はい……。休みが多かったからですよね……」
「ふふっ。こっちも正解」
一年間、学校を休んでいた俺と、休みがちだった春風さん。
今日は二人とも学校に来ているけど、重要なのは来てからの方だ。
俺たちはもう三年生。
高校三年といえば、色々と大事な時期だ。
「隠川くんも、春風さんも、一応進級はできたけど、ちょぉーっと、頑張ってもらわないといけないの。主に、出席日数とか。うちの学校は割と他の学校と比べると、結構温情をもらって、見逃してもらってるけど、本当はギリギリアウト気味だから、それは二人も分かってるのよね」
「「はい……。すみません……」」
「うんっ。素直でよろしい」
俺たちは再び謝る。
今日、ここに呼ばれたのも、出席関連についての話なのだ。
「まあ、二人とも、成績はトップクラスにいいのよね。進級の時にあったテストも高得点だし、隠川くんも春風さんも、家で勉強してたのよね」
先生が感心しながらそう言ってくれる。
春風さんは、元々成績がいいのだ。
だから、テストも全教科満遍なく高得点をとっているとのことだった。
「まあ、それはそれとしても、一応卒業する際にまとめる書類に色々記入しないといけないのよね。だから、二人には個別の宿題が出ることになるの。各教科のプリントがあるから、とりあえず、毎日それをやってもらうことになるの。隠川くん、ちょっと手伝ってもらっていいかな?」
「あ、はい」
俺は先生に言われて、立ち上がる。春風さんも立ち上がり、俺たちは自習室に設置してある棚の所へと移動した。
そこにはプリントが用意されていて、どん! どん! どん! と、そのプリントを取り出して、俺と春風さんの手元にはプリントの山がこんもりと出来上がっていた。
各教科、満遍なく用意されている。
国語、数学、社会……他にも。
これは過去に夏休みの課題として出されたプリントの山とのことだった。それが数年分、用意されている。
「とりあえず、放課後、毎日一時間ぐらいこの自習室で自習をしてもらうことになるの。あなたたちならちゃんとやってくれるでしょう、ということで、監督の先生とかはつかないけど、どうかな?」
「一時間……」
「一時間……だけでいいのでしょうか……」
「おっ、そこに目をつけるとは」
先生が少し嬉しそうな顔をする。
「春風さんも隠川くんも、もっとしないといけないと思ってた?」
「「はい……」」
「うんうんっ。感心感心っ。二人とも、意欲はあるもんね。隠川くんも夏休みとか、プリント取りに来てたもんね」
「……隠川くん、来てたの……?」
「あ、うん……。職員室とか自習室に、プリントを取りに来てた。そして持ち帰って、家でやってた」
この高校では、職員室のところに生徒の自習用のプリントが用意されており、自由に持って行っていいことになっている。
だから俺は、何度かそれを取りに来ていたことがあった。長期休暇は生徒も部活動の生徒しかいないから、その時には高校に来ることができていた。
うちの妹が、俺のことを『引きこもりのにわか』と呼ぶ所以がこれだ。
一応、それも進級に影響していたというのを、三年生に進級する時に担任の先生から聞いていた。
「こんな風に隠川くんも、春風さんも意欲はあるし、放課後、一時間も残れば十分よ。もちろん、隠川くんの方が出席の割合が低いから、隠川くんの方が長い期間で、放課後は自習室に来てもらうことになるけど、それでいいかな?」
「はい。あの、ありがとうございます……。あと、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
「先生のお仕事も増やしてしまって……。本当にごめんなさい……」
俺と春風さんは立ち上がると、改めて先生に謝った。
迷惑をかけてしまっているのだ。
こうして、放課後に自習をするのだって、要らぬ手間をかけさせてしまうと思う。
それでも、だ。
先生は、俺たちの方を見ると微笑んで、こんなことを言ってくれる。
「うんうんっ。反省してるならよし。それに、大丈夫よ。その分の埋め合わせは、これからの雑用とかで二人に働いてもらうから。
「「あ、やります」」
「ふふっ、本当にいい子達ねっ。あと、放課後の自習に関しては、こっちの手間はかからないから、心配しなくても大丈夫よ」
「「……本当ですか……?」」
「うん。監督の先生がつくのならまだしも、このプリントは自分で採点をする形式のプリントだから、こっちで確認する手間もかからないの。なにより、二人がそういう態度をとってくれるから、先生も安心できるの」
「「先生……」」
本当に頭が上がらない。
「だから、できれば、これからも学校に来てくれると嬉しいかな。二人が休んだら、先生も寂しいもんね」
「「……はい」」
「うんっ。なら、よろしい。二人とも、励むように」
その後、先生は安心したような顔をすると、自習室を後にした。
そして俺と春風さんはペンを持つと、プリントに取りかかるのだった。
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