第27話 放課後の酸っぱい恋の味。


「あの……隠川くん、一年前のことは、すみませんでした」


 ふと、俺の隣でそう言った栗本さん。


 何のことを言っているのかは、すぐに分かった。

 一年前のあの出来事のことだ。


 俺も栗本さんも、その話題はできるだけ避けるようにはしていた。

 だけど、それでも、栗本さんの方から話してくれた。


「実は……今日の放課後、お誘いしたのは、この話をしたからでもあったのです」


「……そうだったんだ」


「はい……。それで、あの、春風さんの家に着く前に、お話をしておいた方がいいと思いましたので……。あの時はすみませんでした」


 俺たちは自然に歩みを止め、立ち止まって、向かい合った。


「私があの時、もっとうまくお答えできていたら、今とは違ったのかもしれません」


 頭を下げようとする栗本さん。


 でも。


「あ、いや、ちがう……。栗本さんは全く悪くないよ」


「そうでしょうか……。でもーー」


「謝るのは俺の方だ。だから、ごめん……」


 俺は栗本さんの言葉を遮る形で謝った。


 一年前のことを思い出してみる。

 昼休み。春風さんと恋話をしていたら、『隠川くんの好きな人は栗本さんなんだ!』という話になって、その本人の栗本さんがその話を聞いていた。それで、『ごめんなさい』と俺が断られたことで、俺は周りに同情をされ始めたんだ。


 この話のどこにも、栗本さんが悪いことなんて全くない。


「栗本さんは悪くないよ。……あれは俺が巻き込んだようなものだ……」


「……春風さんからも、同じことを言われました」


「春風さんも……?」


「はい。春風さんもあの後から、お休みするようになったので、その話をしたら、私に『ごめんなさい』……と謝ってました」


 栗本さんが寂しそうな顔で教えてくれた。


 最初は、俺と春風さんの恋話だったんだ。

 でも、そこに栗本さんが、とばっちりを受けてしまったんだ。

 栗本さんは本当に何も悪くない。それでも、あの時のことを気にしてくれていた。それが申し訳なかった……。


 昨日も、俺は春風さんとも同じようなやりとりをしたけど……結局、お互いに謝り合うだけになってしまった。


 謝っても、やりきれない。

 だから、後ろめたさを感じてしまう。


 もう、一年経っているのにだ。


 俺は目の前にいる栗本さんを見て、それを痛いほど実感した。


「あの時の隠川くん……私のこと、好きだったんですよね」


「……そういうことになってた」


「ふふっ」


 栗本さんがくすりと笑ってくれた。


「そんな隠川くんをフってしまって、ごめんなさい」


「……ううん。こっちこそありがとう。栗本さん、あの後、ホットレモン奢ってくれて、慰めてくれた」


「そんなこともありましたね。……覚えてくれてたんですね」


「うん。味も覚えてる」


 そう、栗本さんはあの日の放課後、俺にホットレモンを奢ってくれて、慰めてくれたのだ。


「あのホットレモン、酸っぱかった」


「ですね……。私も覚えてます」


 栗本さんが懐かしそうに言う。


 実はその時は、俺も栗本さんにホットレモンを渡していた。

 栗本さんが俺に奢ってくれたから、俺も栗本さんに自販機でジュースを買うことにして、放課後、夕日を見ながら一緒にホットレモンを飲んでいたのだ。


 夕日が無性に心に沁みたし、ホットレモンは酸っぱかった。


「あれが恋の味なのでしょうか」


「……かもしれない」


「ふふっ」


「恋を知ったから、俺たちは前に進めたんだ」


「隠川くん、学校来てなくて、停滞してたくせに」


「……す、すみません」


「ふふっ」


 栗本さんはまた笑ってくれた。


 厳しくて、優しい言葉だ、


 ……本当に優しい子だと思う。


 そして、不思議なものだとも思った。

 あの時色々あった栗本さんと、今、こうして二人で一緒に歩いている。


 あの頃からは全然考えられなかった。

 あの時の話をすると、絶対に気まずくなると思っていた。


 だけど、今こうして栗本さんと話しても、感じるのは気まずいという気持ちとは違う、別の気持ちで。


「行きましょうか」


「うん」


 隣を歩き出した栗本さんは、柔らかい表情をしているように見えた。



 * * * * *



 そして、春風さんの家に辿り着き、せっかくだからということで、家の中にあげてもらった時のことだった。


「あの、今日は、来てくれてごめん……ありがとう。それで、お飲み物をどうぞ……。ホットレモンです」


「「ほ、ホットレモン……」」


 俺たちの前に出されたのは、ホットレモン……。

 それを見て、俺と栗本さんは若干、気まずい気持ちになってしまったのだった……。


「う、えええ”!? わ、私、何か、間違えた””!?」


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