第24話 栗本さんとの連絡先交換


ーー『隠川くんへ。……今日は学校を欠席しようと思います。昨日、約束したのにごめんなさい……。栗本さんも、ごめんなさい……』ーー


 春風さんからのメッセージ。そこに書かれてあったのは、そういう内容だった。


 栗本さん経由で、俺にこれを伝えてほしい、とも書いてあった。

 俺たちは連絡先を交換していない。そして、栗本さんと春風さんはお互いの連絡先は知っている。それで、以前から二人は、メッセージのやりとりをしていたみたいだった。


 いつもは栗本さんの方から毎朝しているらしく「今日は学校に来ますか?」というような内容が書いてあり、それに春風さんは「今日はごめん……」と返している履歴が残っていた。


「栗本さんは、結構春風さんとやりとりしてるんだ」


「はい。隠川くんが、一年前の今頃から学校に来なくなって……それで、その後から……」


「あっ……」


 栗本さんが少し寂しそうに、申し訳なさそうな顔をした。


 ……ちょうど、一年前の今頃。

 あの時も栗本さんは俺の隣の席だった。

 右の席が、栗本さん、左の席が春風さんだ。


 ……それであの時の一件以来、俺たちは気まずくなってしまった。


 春風さんもその話題を出すかどうか迷っていたらしく、今も、スマホの画面を見せてくれながら、口を開きかけようとしている。

 確か、昨日もそうだった。昨日、久しぶりに会った栗本さんは、俺に何か言おうか迷っているようで、言葉を濁してくれた気配があった。


 それは……ありがたかったし、申し訳なかった。


「あの、栗本さん。ごめん、ありがとう」


「……はい」


 とりあえず、これでその話は中断した。


 そして、俺は春風さんのことを聞くことにした。


「今日は休む……か。……春風さんは、今どれぐらいの頻度で学校に来てるのかな」


「去年は、結構来てくれていました。今年の四月の最初の方も来てくれていました。でも、だんだんお休みするようになって……五月に入ってからは、あまり来てくれなくなりました。体育祭の時には来てくれました」


「体育祭か……。もう終わったんだよね」


「はい。ちょっと前に終わってしまいました」


 なるほど……。

 どおりで周りのクラスメイトたちは、日に焼けている生徒が多いはずだ。


 体育祭は五月中盤にあったらしい。


 今はもう、五月の後半だ。

 だから、すでに終わってしまっているのだ。


「春風さんは、打ち上げには欠席でした。私も欠席しました」


「そっか……」


「これが打ち上げの時の写真のようです。クラスのグループのところにあるので……あ、ちょっと待ってください。えっと、えっと……」


 栗本さんが画面を操作して、写真を見せてくれる。


「画面、見えにくいですか……?」


「あ、ううん」


「……少し失礼します」


 向かい合っていた栗本さんが、椅子ごとこっちに来てくれる。

 そして俺の机にスマホを置く。俺たちは横並びになる。その状態で、二人で画面を覗き込んだ。


 肩がくっついている。隣にいる栗本さんの吐息が、耳や腕にかかって、少し、くすぐったかった。

 そんな栗本さんは、指で画面をタップしたり、スライドしたりして、俺に画面を見やすいようにしてくれた。


 そうして見せてくれる、体育祭の打ち上げの写真には、教室でお菓子を食べているクラスメイトたちの姿が映っていた。

 打ち上げは、この教室で行われたみたいだった。


 そこに、栗本さんの姿はなく、春風さんの姿もない。


「家での勉強があったから、私は参加できませんでした」


「そっか……。でも、もう三年だもんね」


「はい。それに、私はあまりこういうのは得意ではないので、どちらにしても行かなかったと思います」


 その気持ちは……分かるかもしれない。

 俺も、あまり得意な方ではない。


 それでも……だ。

 こうして画面を見ていると、みんな楽しそうに見えた。


「……もし、ここに春風さんと隠川くんがいたら……きっと、もっと楽しかったと思います」


「……栗本さん」


「あ、いえ、すみません。なんでもないです……」


 ……ぽつりと呟かれた言葉。

 それを呟いたのは無意識だったようだ。


 栗本さんの顔が赤くなる。そして俺と目が合うと、栗本さんはパッとスマホの画面に視線を戻して、慌てたように指で画面をスライドさせていた。

 そしてある程度見せてもらうと、栗本さんは「あっ」と再びこっちを向いた。


「あの、隠川くん。携帯は持ってますか?」


「あ、うん。一応」


「今、ありますか。……もしよろしければ、連絡先を聞いてもよろしいですか?」


「あ、うん。俺のでよければ」


「ありがとうございます。では、あの、連絡先を送りますので、一緒に操作しましょう」


 ポケットから取り出したスマホで、栗本さんと一緒に画面を操作していく。

 机にお互いのスマホを並べて、お互いに連絡先の登録が完了した。


「これで、できました。では、電話をしてみるので、出てみてください」


「え、あ、うん」


 プルプルプルと、俺の隣、すぐそば座っている栗本さんから電話がかかってくる。

 俺は画面を押して、出てみた。

 スマホを左耳に当てて、右に座っている栗本さんが話し始めてくれる。


「『もしもし、隠川くん、繋がっていますか?』」


「あ、繋がってる」


「『ノイズとかありませんか?』」


「うん。はっきり聞こえるよ」


「『それなら、よかったです』」


 ほっと息を吐く栗本さん。その息がスマホのスピーカーを通じて、俺の左耳に。そして右耳には、右隣にいる栗本さん自身から吐息がかかった。


 ほっ、と。


 両方からだ。右の耳と、左の耳が、栗本さんの吐息に包まれる。

 なんというか……栗本さんの声とかは、普通の人よりくすぐったく聞こえる。


「『今度は隠川くんの方から喋ってくれますか……?』」


「『こう、かな?』」


「……っ。き、聞こえました……。な、なんというか、くすぐったかったです……」


 さっ、と、慌てて電話を耳から離した栗本さん。

 隣を見てみると、両耳を押さえ、顔が少し赤い栗本さんがいた。


「と、というか、すみません……。あの、近かったですね」


「あ、いや、全然……」


 サッと、お互いに離れる俺たち。一つの机のところに椅子を二つ並べていたのだから、結構近かった。

 栗本さんはまたスマホを操作して、連絡先の画面を閉じたようだった。


「あの、隠川くん、連絡先教えてくれてありがとうございました」


「ううん、こっちこそありがとう」


「はい」


 そこで俺たちは軽く頭を下げあって、とりあえずお互いの席で前を向いた。


 その少し後。

 メールが来て、栗本さんからの『栗本です、よろしくお願いします』という一言メッセージと共に、可愛らしいスタンプが俺のスマホに届いたのだった。

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