第18話 一年前はごめんなさい……。

 

「ご、ごご、ごめんなさいっ、か、かか、かくれがわぐん、ご、ごめーー」


「とっ、とりあえず、落ち着こう。だ、大丈夫、大丈夫だから……」


 ……やっぱり去年とは別人のように見える……


 泣きながら、腕で頭を隠すようにして、震える声で謝る春風さん。

 そんな春風さんと電柱の間にいる俺は、自分の胸に縋り付くようになっている彼女を、どうにか落ち着かせようとする。


 パジャマ素材の長袖を着た春風さん。毛玉がびっしりと出来てしまっている。頭の髪はゴムでキツく結んでいて、ボサボサだ。目の下にはクマがある。

 顔は白い。眼球は真っ赤だ。一年前に見た春風さんとは大違いだ。あの頃の春風さんは明るい子だった。だから、今目の前にいる子とその子が同一人物だと言われても、ぱっと見分からない人の方が多いと思う。


「それで、春風さんは怪我はないかな?」


「あ”、ありまぜん……」


 震える声で、ぶんぶんと首を横に振りながら答えてくれる春風さん。


「……本当に? 足とか挫いてないかな」


「ご、ごめんなざい……」


「あ、いや……、こっちこそごめん」


 頭を抱えて謝り続ける春風さんに、俺もすぐに謝った。


 本当に、足とか捻ってなければいいけど……とりあえず、しょうがない。


「立てる……? ここは道路だし、場所を変えよう」


「は、はい。…………う”ッ!?」


「……やっぱり足を挫いてるじゃないか!?」


「うう”……」


 立ち上がろうとして、ゴキっとなる春風さん。


 ……やっぱり足を挫いてた……。そうだもんな、足を挫いたから、電柱に頭から突っ込もうとしてたんだ。

 あと、それよりも前、バス停のところで俺の姿を見た瞬間に、春風さんはありえない角度でターンしてたから、多分、その時に捻った可能性もありえる。


「ごめん……、俺のせいだ」


「ち、ちがーー、隠川くんは、わ、悪くなくて……。わ、私が、悪くて、だから、違くて……」


 慌てて弁解するように言う春風さん。

 そしてそばにあった電柱に手をつき、彼女は立ち上がる。

 俺も立ち上がり、彼女の方に手を差し出した。


「もしよかったら、俺の手をーー」


「あ、いや、いらないいらない! ……あ”! そうじゃなくって……」


 あわあわとする春風さん。

 でも、なんとなく、ニュアンスは伝わった。

 今の言い方だと、俺の手なんて使うものか、みたいに聞こえるけど、多分、そう言うことじゃなくて、大丈夫だからいらないよ。みたいな感じなんだと思う、……多分。


 ……でないとしたら、拒否られたことになる。……その場合の俺はものすごく恥ずかしい……。手を貸すぜ! といった、ただのナルシストだ……。


 ……というか、俺は自分の心配もしないといけない。

 背中がかなり痛い……。さっき電柱にぶつけた時の痛みが残っていて、どうやっても猫背になってしまう。


「「…………”」」


 ……ボロボロだ。

 どっちもボロボロで、ガタガタだ。


 それでも俺たちはとりあえず移動することにして、近くに小さい広場のような場所があるから、そこに向かうことにした。

 ベンチがあるからそこに座り、日陰になって夕陽から隠れるみたいになっている場所で、何を言うでもなくただ座り続ける。


「…………」


 春風さんは、ずっとソワソワしていた。俺も落ち着かなくてソワソワしそうになるけど、だめだ。こう言う時こそ、こっちがしっかりしないといけない。


「春風さん、その手の袋。買い物行ってたんだ」


「あ、うん……。スーパーで、色々と……」


「そっか……。あそこかな。あの、ここから近いとこ」


「あ、うん……」


「「…………」」


 ……そこでお互いに口を閉ざしてしまう。


 でも、違うか。

 別に会話を続ける必要はないんだ。

 むしろ、今は会話をする方が、逆に相手に気を遣わせると思う。俺がそっちの立場だったら、受け答えに緊張して、神経をすり減らしてしまうはずだ。


 だから、無理な会話は必要ない。

 それでも、聞きたいことは、山ほどある。


 例えば、今日学校来てなかったね……とか。


 今の格好を見てもなんとなく分かる通り、春風さんは、今日学校に来ていなかった。俺はそれを知っていた。

 俺と彼女は今年も同じクラスなのだ。今日、教室で確認してみたけど、春風さんの名前はあった。

 だけど姿を見なかったから、欠席していたのだ。


 そして、今、こうして普段着で、帽子とマスクで顔を隠すようにして、挙動不審だった春風さんがいる。


 それは、なんとなく……覚えがあった。

 一年前、俺が学校に行く足が止まってしまった日。あの時の自分の姿と、今の春風さんの姿が妙に重なった。


 そして今の春風さんの雰囲気。それは昨日までの引きこもっていた俺と、どこか似たようなものを感じる。


 春風さんは今……学校に行ってないんじゃないか。


 そう思っていると、春風さんが泣きそうな顔をしてこっちを見ているのに気づいた。


「あ、あの、隠川くん……。さっきは助けてくれてありがとうございました……それと、さっきは逃げてごめんなさい……。一年前のことも……ごめんなさい……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る