冬眠を終えて学校に行くようになったら、みんなに注目されるようになりました。〜どうやら日に当たらない生活をしていたことで、俺は美肌のイケメンになっているらしい〜
カミキリ虫
第1話 恋バナの難しさ
忘れたくても忘れられないことがある。
むしろ、忘れようとするたびに、思い出してしまうあの日のこと。
あれはそう……。
一年前。当時の俺が高校二年生だった頃の昼休みのことだった。
「ほらほら〜、早く好きな人を教えてよ〜。私も教えるからさ〜」
「だ、ダメだって」
俺は隣の席の女の子から、脇腹をくすぐられていた。
時期は五月。その日の授業は、一時間目が国語だった。二時間目が数学。三時間目が理科で、四時間目が社会だ。
天気は晴れ。気温は26度。その日の朝ごはんは、お茶漬けを食べてきた。昼は弁当を持ってきているから、それを食べる予定だった。
そんな何気ない昼休みのこと。
俺の隣の席には、一人の女子生徒が座っている。
彼女の名前は春風さん。
やや赤茶色の髪の毛が、肩まで伸びている子だ。
くりっとした人懐っこそうな大きな目。どこか幼さが残る顔の、可愛らしく、明るい性格の女の子。
クラスの中でも人気があって、春風さんがいるだけで、教室の雰囲気が華やかになったかと思うぐらいに、癒し系の子だ。隣の席になってからというもの、実は俺も癒されてはいる。
そんな彼女は、笑顔で俺に話しかけてくれて、最近ではちょっかいとかも出してくるようになった。
例えば、友達がおらず、休み時間に俺が寝たふりをしている時。
俺の脇腹をくすぐってくる。そして俺がビクッとすると、その姿を見て可笑しそうに微笑んでくれる。
授業中にも、よくノートの端の方に落書きをして、それを俺に見せてくれる。
ペアを組んだりするときなんかもそうだ。
まだ、クラスに友達が出来てない俺が焦っていると、春風さんが俺のペアになってくれたりする。
このクラスになってまだそんなに時間は経ってない。
だけど、そういうことが今日までによくあった。
そして今も、弁当を食べようと思っていた俺の脇腹をくすぐっている彼女がいた。
「えへへっ」
ち、近い……。春風さんは、いつもこの距離感だ。
胸とかも、若干俺の腕に当たっている。……ドキッとしてしまう。俺はいつも平常心になるので必死だ。あと気持ち悪がられないように、必死で表情も取り繕っていた。
「てゆーか、隠川くんずるーいっ。昼休みになったら、好きな人教えてくれるって言ったのにぃ〜」
「そ、それはそうだけど……」
自分の髪をくるくるといじっている春風さんは、若干不服そうでもあった。
ちなみに隠川くんというのは、俺の名前だ。
今日の春風さんは、無性に恋バナをしたがっていて。
休み時間の度に、俺の好きな人を聞こうとしてくる。
一応、俺は答えはした。
好きな人はいない……と。
しかし彼女は納得してくれてはいない様子で、くすぐってくるのだ。
だけど、俺の答えは変わらない。
「え〜。でも私たち、もう高校生だよ? 好きな人の一人や二人はいるんじゃないの?」
「……そう思う気持ちは分かるけど……。あ、いや、でも、気になってる子はいる……」
「お! 誰だ誰だ!? このクラス!?」
「あ、ううん、この学校ではないかな……」
「え〜、それ、絶対に嘘のやつじゃん! 隠川くん、もしかして私を翻弄しようとしてるな〜」
「ち、違うって……」
「もぉ〜、そこまで内緒にしなくても、いいと思うんだけどな〜」
不服な様子の春風さん。
椅子ごと俺に近づいてきて、俺たちは椅子に座った状態で向かい合わせになった。そして春風さんは俺の手を、両手で握っていた。
柔らかいし、結構小さくて、暖かい手だ。繋いでいるのを意識してしまうと、手汗が止まらなくなってしまいそうだった。
俺がそんな風に内心緊張していると、春風さんはやや上目遣いになった。
「ま、いっか。じゃあ、隠川くんの好きな人のことは一旦保留! それで、今度は私の好きな人の話をしよっかっ」
「春風さんの好きな人……」
「うんっ。ねえ、隠川くん。私の好きな人……誰だと思う?」
「それは……」
頬を赤く染めながら、上目遣いでこっちを見る春風さん。甘える声で、手はずっと繋いだままだし、さりげなく指同士を絡めたりしていた。
「あのね、私の好きな人はかっこいい人なの」
「そっか……」
「頭もいいのかな? まだ喋るようになったばっかりだから、それは分かんないけど、でも頭の良さそうな顔の人なの!」
「そうなんだ……」
「うんっ。あと、めっちゃいい人! それでね、もし……隠川くんって言ったらどうする?」
「お、俺……」
……こんなことまで言う春風さん。
どう返せばいいのだろう。俺は顔を逸らし、唇を噛んだ。
そして、春風さんはそんな俺のことを楽しそうに見ていて、そして、
「……って、あっ。私、分かっちゃったかも! 話は戻るけど、隠川くんの好きな人! 心当たりあるかも!」
「え”」
ハッとした春風さんが得意げな顔をして、そんなことを言う。
「やっぱり、クラスの子でしょ! 栗本さんだ!」
「栗本さん……?」
……確かに栗本さんは同じクラスの子だ。
俺の隣の席の子だ。俺の左隣の席が春風さんで、右隣の席が栗本さんという女の子の席なのだ。
「私、知ってるんだよ……? 隠川くんがよく栗本さんのことを気にしてたとこ」
「別にそんなこともないと思うけど……」
「え〜、でも、栗本さんは可愛いし、好きなんじゃないの〜?」
確かに栗本さんは可愛いと思う。
物静かな子だ。
少し小柄な身長、頭もよくて、しっかりしてそうな子でもある。
「あっ、やっぱりそうなんだ。隠川くん、栗本さんが好きなんだ〜」
「い、いや、違うよっ」
「照れなくてもいいのに〜」
こいつめー、みたいな感じで、ニヤリとした春風さんが俺の腕を抱きしめてきた。
そして、うりうりと胸をくっつけたりもしてくる。
制服が擦れ合い、密着しすぎるほどに密着する俺たち。
……その時だった
「っていうか、また春風ちゃんは隠川くんに絡んでるし〜」
「めっちゃ、アピってるよねっ。春風ちゃんは隠川くんのこと、絶対好きだよね!」
「え”!?」
近くにいた女子生徒二人が、俺の腕を抱きしめている春風さんのことを見ながら、そんな事を言っていた。
ニヤニヤ、と。ニヤニヤ、と。いや、ニチャァァ……と。
その瞬間、春風さんの顔が真っ赤に染まる。まるで破裂しそうなほどに。
「ち、ちがーー」
「ほらぁ、やっぱり分かりやす過ぎだもん。めっちゃ赤くなってるしぃ」
「うんうんっ。春風ちゃん、どっからどう見ても、隠川くんのこと好きそうだし、だからからかってるんだ! だよねだよね!? もぉ〜、二人は付き合っちゃえよ〜」
「や、やめてって〜っ!」
その言葉に、春風さんの顔がさらに真っ赤になった。
涙目だ。プルプルと震えている。そしてチラっと俺と目が合うと、彼女はまた真っ赤になり、慌てて顔を逸らしていた。
しかし、彼女は慌てて否定する。
「ほ、本当にちょっと待って! ち、ちがーー。違うよ! 私、隠川くんじゃないよ……?」
「「またまた〜」」
「本当だって! そ、そもそも、隠川くんの好きな人は、栗本さんだし、隠川くんは栗本さんのことが気になってるみたいだしーー」
「わ、私ですか……?」
「「「……あっ」」」
ちょうどその時だった。
春風さんの背後に、一人の女子生徒の姿が。
栗本さんだ。
今話題の栗本さん。
自分の名前が出てきたことで、首を傾げている栗本さん。まさかの本人の登場にギョッとしている様子の春風さん。
「……あの、すみません。お話を聞いてしまいました。でも、私……、まだそういうのは分かりませんので……ごめんなさい」
ペコリと頭を下げる栗本さん。
「「「……あっ」」」
周りの視線は、俺の方に向けられていた。
……さっきの話の流れだと、俺が栗本さんのことを好きだと思われていて、その俺が今まさに「ごめんなさい」と言われたということになる。
つまり……俺は今、フラれたのだ。
「「「……あっ」」」
そのことに気づいた周りの生徒たちが、若干気を使うような目になる。
「「「隠川くん……。振られた……失恋だ……」」」
それは同情の視線。
栗本さんも、それに気づいたようで、慌ててフォローしてくれようとするも、すでに微妙な感じになってしまっていた。
「「「………」」」
俺、春風さん、栗本さんの間に、妙な空気が漂い始める。
そして、前の席に座っていた女子生徒がなぜか振り返り、気の毒そうな顔をしていて……。
「ざ、残念だったね……隠川くん。でも、大丈夫大丈夫っ。元気だそ? もしあれならさ、私が付き合ってあげてもいいよ……? ほら、なんか、ちょっと、あれで、あれだし……」
「「「あっ…………」」」
それは、お情けの告白。
今のこの場面ではマイナスに働く。
他のクラスメイトたちも、お情けを貰っている俺のことを同情する目で見ていた。
栗本さんに振られ、春風さんからも恋心を否定され、前の席の女子からはお情けの告白をされた、俺。
その後……俺たちは解散し、昼休みが終わった。
その間、ずっと同情する視線が、俺に向けられ続けていたのだった。
* * * * * * *
そして、それからのことーー。
よっぽど印象的なフラれ方をしたからだろう。
昼休みが終わった後も、みんなは俺に同情するような視線を向けていた。
授業の担当の先生も何かを感じ取ったのだろう。妙に俺に優しかった。先生だけじゃなく、みんな、俺に優しかった。
そして、春風さんは次の休み時間に声をかけようとしてくれていたけど、俺と目が合うと途端に真っ赤になってしまい、俺もなんだか彼女と顔を合わせずらくなってしまった……。
あと、俺を振ったことになっている栗本さんは気を使うような表情をしていて、その日の放課後のうちに俺に喋りかけてくれた。暖かいホットレモンを差し入れしてくれた。「ご、ご迷惑でなければ……」とかなり気を使った様子で、その顔は申し訳なさそうな顔だった。
「…………」
……誰が悪かったわけじゃない。
強いていうなら、春風さーーいや、違う……。
春風さんは悪くはない。
……そもそも。
誰も悪いことをしていないのだ。
俺が好きだと勘違いされている栗本さんに振られて、みんなが同情してくれただけのことなのだから。
誤解が誤解を生んでしまった。
そして振られた俺に対して、みんなが優しくなっただけのことだった。
誤解というのなら、俺だって誤解をしていた。
だから、誰も責めることはできない。
そして、翌日も、翌日も。
そのまた翌日も、その次の週も。
俺の謎の失恋の出来事は、クラスのみんなの思い出に根深く刻まれることになったようで、みんなは俺に優しかった。そのことがきっかけで、今まで友達がいなかった俺にたくさんできて、俺はクラスメイト全員と友達になれた。
……なのに。
しばらく続いた日の朝。
学校に向かっていると、俺はなんだか学校にいけなくなってしまった。
通学路の途中で、足が動かなくなり、立ち止まってしまって、学校に行くのが怖くなってしまった。
動悸が激しい。心臓が、変な風に鼓動している。
目の前がクラクラして、悪寒が全身を駆け巡る。
……あの教室中の同情の視線。
……気を遣う態度。
それが申し訳なくて、なんだか、学校に行けなかった……。
俺がいると、みんな優しいし、俺が教室に入るとそれぞれの会話をやめて、みんなが俺に「おはよう」と言ってくれる。……嬉しいけど、申し訳ない。
俺がいなかったら、みんなはそんな気を使う必要はないのだから……。
そう思うと、怖くなった。学校に行けなくなった。行かない方がいいと思ってしまった。
「……優しさが怖い……」
近くの電柱に手をついて、お腹を押さえて下を向く俺。
……なんで、こんなに怖いんだろう……。
こんなことで怖がるなんて、情けないと思われるかもしれない。俺自身でさえそう思っている。メンタルがもやしだ。
だけど、それでも怖くて足が動かなかった。
その日、俺は学校を休んだ。
次の日も、次の日も、学校を休んだ。
それが、一年前の出来事。
それが今も続いていて、現在俺は家に引きこもっていた。
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