群青の少女戦記
だいだらぼっち
第1話 橋渡し
ピリオドを打った.六限は英語の授業だった。やっと帰れるなという安心と、自分はなぜこんな所で勉強しているのかという自虐にも近い溜息をつきながら、意識を黒板に向ける.黒板に書いている英文の中で、やけにLiving is not breathing but doing という英文だけが頭に残った。毎日同じ時間に起きて、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰り同じように寝る、そんな生活を送っている自分は果たして生きているのだろうか。そんな厨二病にも近い問いを頭の中で巡らせながら再び溜息をつく。そう、俺は変化を欲しているのかもしれない。
「以上で帰りの会は終わりです。各自気を付けて帰るように」
担任が抑揚のない声が聞こえる。
「起立! 礼! 」
学級委員が聞き取りやすい声で言う。一礼をした後に、各々が帰る準備を始める。
「惣一朗、早く帰ろうぜ」
絵に描いたような茶髪、雑ではあるが何の変哲もない黒いズボンにワイシャツを、何故か着こなしている友人の川端優希に話しかけられる。学校内では一番仲が良い奴だ。
「悪いな。塾で自習してから帰る」
「かーー、真面目だねえ、学年三位様はやっぱり違いますわ」
「お褒めの言葉ドーモ。途中までなら一緒に帰ってやるよ」
駅までの道を馬鹿な話で笑いあいながら、別々の方向の電車に乗る。普段の生活に不満は一切ない。毎年一人か二人超有名大学に合格するそこそこの進学校で三位という成績なら、難関大学にも十分合格可能だろう。俺は陰キャか陽キャかかと言われたら、どちらかと言えば陰キャなのだが決して女子と話せないわけでもなく運動もそこそこできる方だ。黒い髪、平均的な日本人よりも高めの身長、自惚れなのかもしれないが、標準的な男性より少し整った顔立ちにも、特別コンプレックスがあるわけではない。只、やはり何か物足りない。きっと社会の歯車になるのが嫌なんだ。そんな子供じみた考え方が抜けない自分を笑いながら、今日もまた予備校へと向かう。「じゃあ、少し頑張るか。」とペンを握る。夜の九時。そろそろ潮時だろう。「今日もまた頑張ったぞ惣一朗」と自分を褒めながら、帰り道にあるスーパーでどんなスイーツを買うかを頭の中に巡らせながら、最寄り駅で降りる。
「ありがとうございましたー」
やる気のないバイトの声に無性に苛立ちつつ、結局シュークリームを二個買って店を出る。父親は中国に出張、地質学者の母は家を開ける事が多く、双子の妹と二人で住む一軒家は、子供二人には豪華すぎる位だった。これから何も変わらない帰り道を歩き明日も今日の繰り返しだ。しかし、何故だろう、今日だけは嫌な胸騒ぎがした。一見いつもと変わらない帰り道なのだが、自分の本能が警告しているのを感じた。勿論、自分は心霊やUMAの類は信じていないが、気づいたら駆け足になっていた。周りには誰もいない、自分はこの警告が的中することを知っていた。
「勘弁してくれよ……おい」
息が上がっていく。家まで後何メートルだろうか。次の角を曲がれば自分の家だ。その時だった、
「ぐっ、あっ」
背中が熱い、痛くはなかった。自分の口から血が出て、視界が暗転して数秒後、背中から正面に突き抜ける鉄の異物を視認して初めて、自分が何者かに刺されている事を理解した。むしろ、顔面を強打した事の方が痛みは大きかった。
「うっ、あぁ……」
声が出なかった。映画や漫画で死ぬ直前まで叫んでいる奴らは嘘だったのか、等という場違いな電気信号が脳を一周する。熱さに変わり痛みが増加していく。焼けるような痛みはきっと切られているのだろう。先程まで、人の気配なんて一切しなかったのに。自分の周囲だけやけに暖かく、それでいて湿っているのは何故だろうか。目の前に手をかざしてみると、血が滴っていた。
「誰か……助けて,助けて」
小さな声で呟く。きっと誰も聞こえないだろう。その時だった
「まだ生きてんのか。ほぼ一般人の割には大したもんだ」
少し感心したような、しかしどうでもいいような口調で男が呟く。霞んでいく脳内の中で、身長が高く黒髪の男を認識する。年齢は三十の真ん中当たりだろう。手に持つ日本刀は、嫌にでも自分に、非日常を押し付けてきた。
「お前には殺害もしくは捕獲命令が出ている。生きたままっていうのは一番面倒臭くてな、まぁ運が悪かったと思って死んでくれや。ってもその傷だけじゃ死ねねえけどな」
男は事実のみを告げる。声も出ない。只々、俺の人生はここで終わるだろうという事実のみを反芻する。何度考えを吟味してもこれは変わりそうにない。つまんねえ人生だったな、と自分の意志とは関係なしに、体の力は諦めたように抜けていくみたいだ。
「おっ、諦めたか? 物わかりのいい小僧だな。まぁ、あんま時間もないもんでな。そろそろさよならだ」
日本刀を男が構える。
嫌だ、死にたくない。死にたくない。まだ俺は何一つ…なんで俺がこんなつまらない死に方を…
なんだ。俺はまだ死にたくなかったのか。そんなの、当たり前だ。体とは反対に、魂は生を渇望している。
刀が振り下ろされる。
嫌だ、もっと……もっと色んな事を…俺にだけしかできない特別な事も……
その時だった、小さな蒼い光が自分の隣を駆ける。それは、夜でも良く見える綺麗な綺麗な光だった。
瞬間、男が距離をとる。否、吹き飛ばされたのだ。
「すまない、遅くなった。九時三十五分、只今より29部隊隊長、彩原凛音が貴方を護衛する」
目の前には蒼い瞳に、少し紫がかった髪色で、人形のような端正な顔立ちの少女がしっかりとした、そして心配そうな表情でこちらを見つめる。この子は自分と違う世界に生きていて、自分より遥かに強いのだろう。そんな事は分かっている。しかし、薄れゆく意識の中で、その少女を見て、真っ先に思った事は、何故か「君を守りたい」だった。そして、安心して目を閉じた。
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