第36話 銀貍の父親


「あっーー、もう二人ともいつまで道場で遊んでるんですか!!あんまり遅いんで心配しましたよ!!」




「おいおいクリス、何をそんな慌ててんだよ………ってあれ?」




「………時は戻らない‥…それは自然の摂理………」





雑談を交わしている俺達にクリスがお母さんのようなことを言いながらやってくる、体感的には数十分、しかし太陽は今日の仕事は終わったというふうに地平線で半分に顔が割れていて今にも月と交代しそうだ。




思った以上に時間が経っていたらしい。



「あっーー、やっべーー、門限までに帰んないと母ちゃんに叱られる!!」


「お、俺もだ………俺達帰る!!じゃあな、ハル、イヴねぇ!!」



「私達も〜」


「さよなら〜」




「…………また明日………ね」


「ああじゃあ、また明日な〜気をつけて帰るんだぞ〜…ちなみに俺のこともハルにぃって呼んでもいいッーーーー」



「「「「「それはない」」」」」」



「ぐはっーーー」


子供達も現在時刻に気づき、男の子達は慌てふためき、女の子達はのんびり帰り支度を整えている。



帰るまでが遊び……と暗に注意する俺、ついでにお兄ちゃんになりたくなったので兄呼びを許可すると逆に却下された、しかも食い気味に。



…………イヴはイヴねぇとか言われてるのに…………なんだこの敗北感………しかし俺の心を折るにはまだ足りない。



「………わかったよ、全く贅沢な子達だぜ………お兄様、にいに、おにぃ、兄上、兄者………どれでも好きな呼び方でッーーーー」



「「「「「そういう事じゃねぇよ」」」」」」



「……………フッーー」




俺的最かっこいいポーズで出血大サービスをするが感情を感じさせない平坦な目で否定してくる子供達…………俺の心はポッキリと折れた。




「…………まぁまぁ……気にする事ないクッーー…………宇宙の帝王のメタルな兄貴の名ーー」



「メタルクウ○」



「………正解」




いつも通り含み笑いをしながらクソ下手くそな誤魔化し方をするイヴ、さっきの子供達のように食い気味に答える俺。



「………うん?」



「………どうしたの?」



「………いや、あいつは帰らないのかなーって」



「あの狸人族の子ですか?………ちょっと可愛いですね………」



他の子供たちは大体帰った中、銀狸は帰らないようだ…………というよりこちらを見て何か葛藤している………ように見える………早く帰らなければいけないが………何かしたいことがある………みたいな。



「おーーい、銀狸、お前は帰らないのか〜?」



気になった俺は聞いてみた。



「………………」



「………うん?、どうした?腹でも痛いのか?」



無反応な銀狸………無反応というよりは羞恥心に耐えモジモジしてるように見える…………、深まる謎に再度疑問を投げかける、すると彼はこちらにズンズン近づい来る、三度目の質問をしようとしたところ、銀狸の声の方が早かった。



「さ、さっきはありがとな!!、………ハル……にぃ」



「へ?………あーー、まぁ、これからも何か困ったら俺に相談して良いぞ〜……………特に金狐のこととかな………」



銀狸は感謝を伝えた後、お礼として俺のことを兄と呼んでくる………男のモジモジもなんか良い気がしてきた………。



これからも俺を頼れと忠告して、最後に念を押すように耳元で金狐の名前を出す。




「………うん………じゃあな!!イヴねぇ、ハルにぃ

、………き、金狐!」




「お、おう、ほなな」



俺のアドバイス通り何気ない挨拶をする、心残りは無くなったようで、挨拶した後、彼は走ってその場を去っていった。



「………じゃあね…………」



「じゃあな〜」



「また明日です〜」




見送る俺達、こっちは泊まってる所の道場だからそこまで焦って帰る必要もない、それから十数分雑談をした後、俺たちもそろそろ夕飯に帰ろうとした………が。



「あれ?これって………」



足元に落ちている布を拾う………なんだか見覚えがある…………



「………ああ、銀狸のハンカチじゃん」




銀狸のハンカチと気づくや否や、俺は彼の後を追おうと外に出る。



「どうしたんや?ハルはん」



「いや〜、銀狸がハンカチ落としてったみたいでな、届けようかなーって」



「………届けるのは良いですが、銀狸さんの家を知っているのですか?」


「………あ」


「…………おっちょこちょい………」


「なっーー……、ちょ、ちょっと忘れてただけだよ!」


「ほんとに残念イケメンやな〜」



女子3人にフルボッコに論破される俺………やっぱり男はいつになっても女に口で勝てないのかもしれない。



金狐に簡単な地図を書いてもらい銀狸の家へ行く。



「………ここか?、随分でけーな」





金狐と同じような装飾の屋敷、相違点はこちらは狸がモチーフのものが多い。




あまりの立派さに呆けているとーー瞬間、食器が割れるような音が鳴り響いた。




「きさーー、まーー、なーー、やってーーた」




音がなった方向へ走る俺、近づくにつれ誰かの怒鳴り声がぶつ切りで聞こえてくる。



「ッッッーー」



「なんとか言ったらどうだ!!銀狸!!」



どうやら騒がしかったのは中庭だったようだ、視界に入って来たのは二人。




一人は見知った顔、銀狸………顔に切り傷があり痛そうだが、声を押し殺して必死に我慢している…………もう一人は知らない、三、四十歳………といったところか、しかし中年という印象は皆無、全身が鋼造りかと見間違う程鍛えられている。



「銀狸!!!!?!、大丈夫か!?!!」




「えっーー?、なんで、ここに、ハルにぃがーー」



「………これ、お前忘れていったから届けに来たぜ」



急いで銀狸の近くに近寄る俺。



………銀狸の髪に光り物が混じっているのか、夜空の星の光を反射して少し光っている………そして辺りに散らかる瓶の破片………



頭の硝子の破片を払った後、銀狸の頭にハンカチを乗せてやる。






………近くの男の手にはネックのみとなった酒瓶…………



俺は銀狸を守るように男の前に立つ。



そして状況から察するに…………




「…………あんた……何やってる………」



「うん?なんだ、誰だ貴様は………」




自身の声に怒気が混じるのを感じる……。




「………今、天狐さんの屋敷で世話になってる、しがない旅の竜、ハル・セルリアンだ……」




「…………貴様が例の蜥蜴か……余所者がうちの敷居を勝手に跨ぐな、とっとと帰れ!!」




「…………言われなくても出ていくさ……だがその前に一つ聞きたい………あんたは銀狸のなんなんだ?………こっちだけに名乗らせてそちらは名乗らないなんてことはないよな?」



「チッーー、の父、風狸だ」



不愉快そうに舌打ちをして口早く吐き捨てる……息子を呼ばわりに歯を噛み締める俺。



「……….そうか………ならあんた今何をしてた………」




「何って……ただの躾だが?」



「………………」



風狸は心底理解不能というふうに、まるでこれは万国共通の常識のように、ごく自然に喋った………



「あ、あんたーー………何があったのかは知らないが、流石にこれはやりすぎじゃーー」



「ふん、こいつは門限を破りおったのだ、むしろこれくらいで済ましてやっている儂の懐のデカさに感謝して欲しいな」




「………門限………?、あんた、たかが門限のために、ここまでしたのか?!」



何か理由があるんだと、息子にここまでするんだ、やむを得ない事情があるんだと、そう自分に言い聞かせ、怒鳴り散らす寸前に頭を冷却させることに成功。




なんとか罵声の前に事の経緯を聞く俺。




………俺の言葉を食い気味に聞こえてきたのはどう曲解しても、息子にここまでの仕打ちをするまでの事とは思えない。




「たかが………だと………?、貴様に一体何がわかる………それに人の家庭のことに口を挟まんでもらおうか」




「………家族はあんたの玩具じゃないぞ」




「ふん、何を言っている、父は一家の大黒柱、なら家族に何をしてもいいに決まっているだろう」




「いい加減にしろよ、テメェ」



その言葉に憤慨し語調が荒くなる俺。




「待ってハルにぃ!!!」



「……銀狸?」



「俺は……大丈夫だから……だから……今日は帰ってくれないかな………」



「………いいのか?」



「…………うん」




大丈夫と笑う銀狸………俺にはどう見ても逆らわなければ今以上酷いことにはならない………そんな諦めの目にしか見えない………だが彼にそう言われては引き下がるしかない。




「………わかったよ、じゃあな…………辛くなったらすぐに言えよ」



「うん、ありがと」



「とっとと帰れ!!」




俺は足早にその場を去る、後ろで再開される一方的で不条理な説教。




何もできない自分が嫌なのか次第に歩が早くなり、気づけば全力疾走で走っていて、いつのまにか金狐の屋敷に着いていた。




顔を上げると夜空に燦々と輝く星達、嫌でも酒瓶を叩き付けられた銀狸の姿がフラッシュバックする。

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