元傭兵の異世界まったり建国記

パンジャンドラム

第1話 デネブ アルタイル ベガ

 突然だが、俺は死んだ。

 旅行先のインドの港湾都市ムンバイにある高級ホテルでテロに遭ったんだ。

 折角の休暇を潰された挙句、テロリストに殺された。

 こっちは、軍人だったが、武器がコックから借りた包丁だけじゃ、当然、AK-47じゃ太刀打ち出来ん。

 アメリカ人、という事もあり、他の外国人よりも多く撃たれた。

 いやぁ、初弾が額だったから、何にも痛み無かったわ。

 1発で逝かせてくれたのは、有難い話だな。

 ってな訳で、死んだのだが。

「もしもし?」

 俺の頬をぺちぺちする女性。

 牛乳の様な白い肌にコールタールの様な黒目、腰まで伸ばした金髪。

 美人だが、こんな知り合いは近場に居ない。

 服は修道女のそれ。

「どちら様?」

「神です」

「神?」

「はい」

 自称・神は、胸を張る。

 悲しい哉。

 それ程、グラマラスではないので、一切、魅力を感じない。

「ジョン・スミスさん、貴方は、前世での徳が評価され、転生が認められました」

「あの~」

「何か?」

「俺、キリスト教徒なんですけど?」

 彼女が神か如何かは知らんが、キリスト教の大多数の宗派は、転生を信じていない。

 一部の宗派では言及されている様だが、俺の宗派も俺個人も転生は認めていない。

「知っています」

「では、何故?」

「先程申し上げた通り、徳が認められたからです。貴方は、死ぬ直前、沢山の人質を救いました」

「あー、そうだったな」

 老人、子供、女性。

 現場では足手纏いになり易い人々を、俺は率先して、インド人従業員と共にバケツリレー方式で何人も助けた。

 10人位助けた後、俺だけが見付かり、殺された、という訳だ。

 戦争で数多くの人々を殺してきたので、人生の最後に人助け出来たのは、良かった事だろう。

「貴方は、英雄として称えらえれています。じきに銅像が立つでしょう」

「そいつは有難い」

 適当に返事すると、俺はごろ寝。

「あ、あの……」

「はい?」

「神の御前ですけど?」

「知っています」

「では、何故?」

「天国に行きたいんで」

「なりません」

「何故です?」

「何度も申し上げまています。プレゼントなんですよ? 第二の人生は」

「いや、結構、心身共に傷付いた人生だったんで、もう天国でまったり暮したんですが」

「(糞人間が)」

「え?」

「空耳です」

 この女神、口悪過ぎだろ。

 本当にマリア様なのか?

 自称「マリア」なんじゃね?

「えーえー、そうですよ。自称で悪う御座いましたね」

 おお、読心術取得者らしい。

 すげえな。

 でも、自称だったんかい。

 心の中で突っ込みつつ、俺は目を閉じる。

 寝不足だったんで、例え神様だろうとも眠気が勝るのだ。

「全く、しゅが御認めになった転生者だというのに。何ですか。この体たらくは」

 ぶつぶつと文句を言いつつ、マリア(仮)は、杖を取り出し、天高く掲げる。

 おお、昔、観た『奥さまは魔女』っぽい。

「誰がサマンサ・スティーブンスですか」

 テレビドラマの知識もあるのね。

「神様ですから」

 えっへん、と胸を張る。

 神様は、どちらかというと、奥様より子供みたいだ。

「誰が子供ですか?」

 おっと、いかんいかん。

 読心術があるんだ。

 下手な事は口が裂けても言えないぜ。

 不貞寝を続ける俺に、マリア(仮)は、業を煮やしたらしく、同意無しに杖を振るう。

「天にまします我らの父よ。願わくば御名みなに於いて、この者に新たな人生を与え給え」

 すると、激しい頭痛を感じた。

「!?」

 目を開けると、マリア(仮)は、薄ら笑いを浮かべていた。

「私を無視した罰です」

 如何やらこの女は、悪魔だったらしい。

 面倒臭、と感じつつ、俺の意識は途絶えた。


「……?」

 目を覚ます。

・デネブ

・アルタイル

・ベガ

 綺麗な夏の大三角形が、空に広がっていた。

(久し振りに見たな)

 普段は、アイフォーンを触っている為、夜空など興味を持つ事すら無かった。

 然し、死を経験してから見ると、純粋に美しく感じる。

 文明社会の機器に悪い意味で毒され、自然に関心を持たなく事が、今更ながら恥ずかしい。

 大草原をベッドにし、

「……」

 目を爛々と輝かせて眺めていると……じゃり。

「!」

 気配を感じた為、反社的に俺は、懐に手を伸ばす。

 が、

(あ、あれ?)

 届かない。

 見ると、俺の手は、非常に短かった。

 慌てて確認すると、俺は、ロンパースを着用し、口にはおしゃぶりが。

 おいおい、まじかよ。

 マジで転生したのかよ。

 赤ちゃんとは思わなかったぜ。

 アラブの石油王の息子とか良いな。

 断食は、耐えれるか如何か自信無いけど。

『貴様、何者だ?』

 脳に直接訴えかける様な、くぐもった声。

 問われてもねぇ。

 おしゃぶりで喋れないんだけど。

『成程。それが邪魔か』

 !

 狼が近付き、器用におしゃぶりを咥えて、外してくれる。

 まじかよ。

 不審者は、狼だったのか。

 食われてENDやね。

 早々に諦めた俺は、体を大の字にし、餌と化す。

 すると、狼は不快感を示した。

『啓示の転生者を食い殺す程、落魄れた覚えは無い。あれは、屑がする事だ』

 狼は、俺の前で跪く。

『転生者よ、名乗って頂きたい』

「……」

 喋れるのかな? と思うが、狼は涎を垂らしている。

 口では殺意を否定しているが、態度から察するに誤答だと、食い殺すのかもしれない。

 物は試し、と頑張って喋ってみる。

「じょ、ん……す……み、す」

 思いの外、上手く出来た。

 欲していた答えだったらしく、狼はこうべを垂れた。

『転生者、ジョン・スミス。貴殿を新しい我が主になる事をここに認める』

「……へ?」

『我は、神獣、フェンリル。現刻より貴殿の使い魔になり、終生、仕える事にここに誓う』

「……」

 よく分からないが、兎にも角にも凄い事なのは、何となく分かった。


『【フェンリル(=「フェンに棲む者」)】

 北欧神話に登場する狼の姿をした巨大な怪物。

 ロキが女巨人アングルボザとの間に儲けた、

 又は、またはその心臓を食べて産んだ三兄妹の長子。

 彼の次にヨルムンガンドが、3人目にヘルが生まれた。

 神々に災いを齎すと予言され、ラグナロクでは最高神オーディンと対峙して彼を飲み込む』

(引用元:ウィキペディア 一部改定)

 俺の知るフェンリルというのは、以上だ。

 然し、目の前の狼は、神々に災いを齎す、と予言される様な邪悪な物には見えない。

 どちらかというと、可愛い犬の様だ。

 フェンリルは、俺のロンパースを口で脱がすと、咥えて、近くの湖に連れて行き、そこで器用に洗ってくれた。

 その後、洞窟に連れて行かれ、料理を齎される。

 狼の作る料理は、不安で仕方が無かったが、これも又、予想は外れ、調理人は、人間の女の子であった。

「……」

 褐色の5歳位の女の子は、慣れているのか、見事な包丁捌きを見せ、魚を切り、肉をフライパンで焼く。

 御飯も白米でこれは、鍋で炊いている。

 木の実等を覚悟していた俺は、安堵した。

「……」

『主は、やはり、人間だな」

「ん? どういう意味?」

 最初こそ発音に戸惑っていたが、時間の経過と共に俺は、問題無く喋れていた。

 赤ちゃんでこれ位出来るのは、神童ではなかろうか。

 あの釈迦も生まれてすぐに後に「天上天下唯我独尊」と仰ったらしいから、まさに彼以来かもしれない(自意識過剰)。

『今迄の転生者は、見た目は人間だったが、生肉を食す等、異常行為が見られた。恐らく転生の過程で精神に異常を来たしたのだろう』

「……」

 それが正解か如何かは分からないが、死後、慣れない世界に来て、人語を理解出来る狼と一緒に居たら、徐々に混乱し、病んでも可笑しくは無い。

 架空作品では、物語の都合上、そこらへんは余り語られていないが、人間は違った環境に直ぐに慣れるとは限らない。

 適応障害、と言った感じか。

『だが、貴殿は、心が強い。芯がしっかりしている。我が主に相応しい』

「……はぁ」

『それに私や彼女に対して、敵愾心や好意が見られない。前例と比較すると、素晴らしい』

 べた褒めだ。

 興味本位で尋ねる。

「若し、見られたらどうなっていた?」

『決まっている。食い殺す迄だ』

 そこは、はっきりしているのね。

 神獣の殺意の基準が分からないが、兎にも角にも、敵意や好意を抱けけなければ、大丈夫な様だ。

 やがて、料理が出来た。

・白米

・牛肉

・焼き魚

 アメリカ人だからハンバーガーが恋しい所だが、こういうのも悪く無い。

「……」

 手を伸ばすと、フェンリルが唸った。

『主が苦労させる事は無い。食事介助等の身の回りの世話は、彼女が行う』

「彼女?」

 そういえば名前を聞いてなかった。

 女の子を見て、俺は謝意を示す。

「料理を作ってくれて有難う」

「ド、ウイタ、シ、マ……シ。テ」

 最初の俺以上にたどたどしい。

「えっと?」

 フェンリルが説明する。

『彼女は、狼少女だ。名前は未だない。何なら主が名付けてくれ。狼の私より同族の主君の方が適当だろう』

 狼少女か。

 アマラとカマラを思い出すな。

 少女は、謝意が伝わったのか、ぎこちない笑みを浮かべている。

 一応、気持ちは分かる様だ。

 こうして、赤ちゃん、狼少女、神獣の奇妙な同居が始まったのだ。

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