翁草.5

 その日も授業を終えてから、鈴のいる教室に向かった。

 目下の障害であるSP達を、どうすればいいか思案していると、曲がり角から現れた人物に気づかずにぶつかりそうになる。

 ネクタイの色から上級生の男子だ。

 向こうが避けてくれたからよかったものの、もし怪我をさせていたら大問題だ。

 剛気は相手の顔も見ずに、すぐさま謝る。

「す、すいません!」

「ぶつかってないから謝らなくていいよ内気君」

 その声を聞いて顔を上げる。

「あ、壮快先輩」

「なんか顔色悪そうだけど悩み事かい? よければ相談に乗るよ。結妃の我儘に付き合ってもらってるわけだし」

 剛気は頷くと、自分に労りの言葉を掛けてくれた皇太に悩みを打ち明けた。

「そうか。鈴に会えないのか。どうにもできない上に、結妃女王陛下から催促が来ているわけだね」

 剛気は俺に任せてくれと胸を張った皇太と一緒に、鈴の教室に向かっていた。

「失礼」

 教室には鈴の姿はなかったが、他の生徒に混じってあの三人がいた。

 いつもなら剛気を見て険しい顔をするのに、今日は違う。

 皇太を見た途端、一瞬にして顔が紅潮していた。

 三人の目が一瞬ハートマークになったように見えて、剛気は思わず目を擦った。

「そ、壮快先輩。どうしてここに」

 左側のSPがまず口を開いた。

「やあ空山そらやまさん。鈴に会いに来たんだ。どこにいるか知っているかな」

 真ん中の二人目が答える。

「鈴なら、合掌部の活動で音楽室に行っていて、私達は彼女が終わるのを待っているんです」

 剛気は、一緒に帰るなら音楽室で待っていればいいのにと疑問を覚える。

 どうやら皇太も同じ疑問を持ったようだ。

中間なかまさん達は一緒に行かないのかい」

 聞かれた二人目ではなく三人目が答えた。

「担当の先生が部外者は入っちゃいけないって言うんです。集中力が乱れるからって」

 先生にダメと言われても納得していないのが、三人の顔から伺えた。

「音楽室だね。教えてくれてありがとう」

 皇太は三人としっかり目を合わせてから、剛気と一緒に教室を後にする。

「壮快先輩、あの三人のこと知ってたんですか?」

「いや初対面だよ」

「でも、名前呼んでましたよね」

「生徒の名前は全員把握してるんだよ。何か急用があった時、名前が分からないと困るだろ」

 因みに一番身長が高い三人目は仙崎せんざきだと教えてくれた。

「壮快先輩は鈴と仲がいいんですか」

「分かるかい」

 皇太は隠す様子もなかった。

「俺と鈴は小学校からずっと一緒でね。幼馴染みなんだ……おっと、付き合ってはないから誤解しないでくれよ」

 最初会った時、皇太の背中に隠れる姿が兄妹の様に見えたのも肯ける。

「皇兄様、皇兄様って走ってきては、いっつも転んで泣いてしまうんだ。危なくて放って置けない子だよ」

 幼い頃を思い出しているのか、口元が綻んでいた。

「そろそろ音楽室だ」

 皇太が口元を引き締めるのと、微かな歌声が聞こえてくるのはほぼ同時だった。

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