探偵と作家の春.1

 もし誰かに家で一番落ち着けるところはどこ? と聞かれたらぼくは迷わずリビングと答える。

 空調で一年通して快適な温度に保たれたリビングには、大型の液晶テレビにブルーレイレコーダー。

 すぐに再生できるように、お気に入りのブルーレイは、レコーダーの隣に置いてある。

 テレビの対面にはテーブルとソファ。

 叔母が用意してくれたものだが、殆ど使ってなくここ最近まで新品同様だった。

 いつも掃除してもらっているフローリングに寝転がり、極上の枕の代用品となるクッションに頭を乗せて小説を読んでいた。

 クッションの使い心地は決して悪くはないが、つい最近見つけてしまった枕に比べれば雲泥の差がある。

 だけど向こうには向こうの都合があるから、わがままばかりは言っていられない。

 心に釘を刺しながら三分の二ぐらい進んだところで、刺さっていた釘はすっぽりと抜けてしまった。

 会いたい。あの柔らかい枕に頭を埋めたい欲求が強くなる。

 でも今日は我慢しないと、向こうも大事な用があるんだから邪魔しちゃいけない。

 そう思ってページをめくろうとするも、うまくページをめくれない。

 まるでノリでくっついてしまったように一枚一枚めくれない。

 ページをめくる左手の震えは最初小さかったが、禁断症状のように震えが大きくなって止まらなくなった。

 これはまずい。心の動揺が全身に伝わってしまったようだ。

 残り数ページを残して、しおりを挟んで傍に置くと、反対側に置いてあったスマホを掴んでメールを送る。

『お母さん。今すぐ来て』

 五秒とかからず返事が来た。

『えらいこっちゃ、すぐ行くわね』

 頭の中で数字を数えてきっかり三十秒で、開錠され玄関が開く音が聞こえた。

 急ぎ足でリビングに入ってきたのは、少し使い古されているが、しっかりと手入れされた割烹着を纏った女性だ。

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