ケモミミ騎士団でがんばりたい
しっぽタヌキ
第1話 捨てられた
――自分は捨てられるんじゃないか。
そんな予感はいつもあって……。
だから、その予感にいつもおびえていた。
***
深い森の中。一際大きな木の前で、父親は足を止めた。
特別になにか変わったものがあるわけじゃない。今まで歩いて来た風景と変わらず、周りには木が生えているだけだ。
「ここにいろ」
そんな場所で、父親がようやく口を開いた。
低い声で告げたのは私をここに待たせる言葉。
――私を置いて行く言葉。
その言葉にに胸がどくどくと嫌な音を上げ、耳の奥がキーンと鳴った。
なぜかもやもやと波が広がる視界の中、父親は私に背を向け、歩き出す。
私と同じ色の、くすんだ灰色の目は私を振り返ることはなかった。
「……そっか」
遠くなっていく父親の背中。それを見ながら、大きな木に背を預け、その場にずるずると座り込んだ。
安物である生地の薄いズボンは、地面の冷たさをさえぎってくれないから、おしりが冷たい。
けれど、立ち上がる気にはなれなくて、そのまま足を引き寄せた。
立てた膝にあごを乗せれば、ちょっとだけ落ち着く。
目の前の緑は柔らかな風を受けて、そよいでいた。
……これから。
これからどうしたらいいんだろう。
そよぐ緑をぼんやりと見ながら、これからの事を考えてみる。
でも、なにも浮かばない。
いつもなら、もう少しうまく頭が働くのに……。
「……しかたない」
自然と口からその言葉が漏れた。
そう。しかたない。しかたないことなんだ。
うまく頭が働かないのも。私が一人ここに残されてしまったのも。
「しかたないよ」
小さな声でもう一度、くり返す。
自分自身を納得させるように。
そして、小さく息をはいて、現実を受け止めた。
――父親は戻ってこない。
『ここにいろ』
その一言で私は捨てられたんだから。
***
獣人の国、ガリナルーサ。
それが私の住んでいる国だ。
そこには獣人と言われる種族が住んでおり、みんなふわふわの耳や尻尾を持っている。
その耳や尻尾はさまざまで、現れる獣性に伴って、色んな力があるのが普通だ。
そして、この国はその力で生活を成り立たせている。
……けれど、私にはそれがない。
家族には現れている獣性が私には現れなかったのだ。
――だから、捨てられた。
私が生まれた家は裕福じゃなくて、男の子が欲しかったんだと思う。
家は畑仕事をしていたから、それを手伝えるような、その役に立つような、力の強い男の子が。
それなのに、生まれてみたら女の子どもで、しかも獣性が現れず、何の力もない。
ただ家計を苦しくするだけの私に両親は愛想が尽きていたんだろう。
――だから、しかたない。
ごはんはほんのすこしで、寝る時はいつもかたい床の上だった。
なるべく家族の邪魔にならないように、隅のほうでこっそりと息をする。
家族の機嫌が悪いと殴られたり、蹴られたりするから、いつも顔色をうかがって生活していた。
そうやって私は何の知識も与えられないまま、家族に放っておかれた。
汚れた服を着て、いつも隠れるように生きていた私を誰も気にしない。
そんな生活だったけど、隣に住む嫌われ者のおじいさんが気まぐれで構ってくれることがあった。
すぐにいらいらして怒鳴る人で、そういう付き合いにくい所が嫌われていたんだと思う。
私も何度も怒鳴られたし、いきなり杖で叩かれたり、頭から水をかけられたこともあった。
正直、好きか嫌いかで言えば、そんなに好きじゃない。
けれど、私に何かを教えてくれるような人はそのおじいさん以外いなくて、機嫌が良さそうな時を見計らっては、近寄って行った。
いらいらしているおじいさんの機嫌をうかがいながら、字を教えてもらい、世界の事も教えてもらう。
そうやって知識が増えていくと、少しずつ自分のことも考えるようになった。
なんで自分はこんな生活なのか。
どうして家族は私を見てくれないのか。
それはきっと私自身の問題。
――私に力がないから。
――家族の役に立たないから。
それに気づけば、家族の態度は当然だと思えた。
そして、それと同時にその問題を解決する考えも浮かんだ。
だったら――
――私が役に立つようになれば?
その考えで、自分の未来が少しだけ輝いた気がした。
確かに今の私は畑仕事の役には立たない。
けれど、もしかしたら。もっとがんばれば。
何かの役に立つことはできるかもしれないって。そんな夢を見た。
今は邪魔にならないように。迷惑をかけないように。
でも、大きくなったら、何かしたいなって。
父親や母親に。
『さすがだな』って。
『お前を生んでよかったよ』って。
――『役に立つなぁ』って。
そう言って欲しかった。
頭を撫でてもらいたかった。
――そうしてもらえる自分になりたかった。
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