第5話 ストーカー疑惑
「……ねぇちょっと奏多、少しいいかな」
「おぅ、いいけど……なんだ?」
クマの刺繍の入ったハンカチを拾ってから4日の時が過ぎ、さきほどうちの学校では昼休憩に入った頃だ。
いつも一緒に食べる人たちには断りを入れ、とりあえず二人で校庭のベンチへと移動させてもらった。途中購買で買ったパンを手に、僕はゆっくりと話し始める。
「昨日さ、よく分かんないんだけど……その、帰る途中、誰かにつけられているような気がしたんだ」
「……ストーカー、ってことか?」
奏多は、不安そうな目つきでこちらを覗く。いきなりこんな物騒な言葉が出てきたのだ。そんな態度になるのも無理はない。
「一概に言えないんだけどね」
「……それでも、かなり怖いな」
──ストーカー。
いわゆる付きまとい行為である。
誰かに付きまとわれている。心のなかでそんな考えが生まれ始めたのは、昨日の帰宅途中のこと。
気配……なんてぼやっとした言い方をすると変に思われるかもしれないけど、僕からしたらそれが一番合っているような、そんな感じがした。
「……そのストーカーしてきた犯人の特徴とか、何か少しでも分からないか? もちろん、分からなくても問題はないけど」
こくん、と首を横に傾げながらそう尋ねてくる。
……特徴、か。あの時は怖くなってしまって走って逃げたんだよなぁ。何か無かったかな?
「──あ。あった。ほんの些細なことではあるんだけど、気配がして後ろを振り返ったとき、何か──今考えてみれば、制服のようなものが見えた気がする」
とはいえ、その制服がどこのものかまでは分からないけど。……でも、電車で通学してきているときにほんの少しその制服を見たような覚えもあるんだよねぇ……。
「……制服、ね。学生ってことか」
奏多はそう呟きながら、顎に手を当てて、うーんと唸り声を上げ始める。
「どうしたらいいと思う、かな? 正直僕には検討もつかないんだよねぇ……」
警察に通報する、という方法もあるけど。
……でも、もしこれが気の所為だったら、警察に仕事を無駄に一つ増やしてしまうことになる。迷惑を掛けたくないから、ね……。
「……そういえば、一人でいる時に何もしてこなかったんだよなぁ。……ってことはもしかして、唯人に危害を加える気がないのか?」
「どうだろう……」
どうだったかと昨日の帰りを思い返す。よくよく考えてみれば、僕は一人だったし襲おうと思えば襲うことが出来た。けれど、襲わなかった。それはどうして?
などと、考えを巡らせてみるものの一向に答えにたどり着かない。う〜んと、頭を手で抱えるようにして悩ませる。
「……でも、襲わないと決まってるわけじゃないしな。とりあえず日頃から周りには注意しといたほうがいいぞ」
「だね。気をつけるよ」
「……安全のためにも一緒に帰りたいところだけど、唯人とは家が真反対だからなぁ……」
奏多は、はぁ、と小さくため息を吐きながら、眉間に皺を寄せてボソッとそんなことを呟く。
「奏多は部活もあるし、僕は大丈夫だよ」
正直に言えば少し心配……というより、大分心配で、怖いとすら感じてしまっている。けれど、友達を危険な目に合わせるのはいけない。合わせてなどならない。
僕は覚悟を決めながら、拳をぎゅっと握りしめる。まだ春というのに、その手からは少し汗が滲み出ていた。
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