第3話 女子校の女友達と《ヒロイン視点》

「何かあった?」


 ある男性に助けてもらったその翌日の朝、私立の学校の一時限目が始まる前のこと。


 『女性ならではの視点を大切に』

 そんな目標を掲げている女子校に通う私こと音羽柚葉は、クラスメイト兼友達の春華にそう尋ねられていた。


「……ど、どういう?」


 もしかして顔に出てたのかな、と心のなかで焦り始める。というのも、私はさっきまで昨日助けてくれた男性のことについて考えていたのだ。


「いや、なんか元気ないなーって。昨日はなんてことなかったし、放課後何かあったの?」


 私の前の席である春ちゃんは、椅子をこちらへと向けて首を傾げた。


「……えーっと」


 話題が話題なだけあって、言い淀んでしまう。


 迷惑になっちゃうよね。……でも、私だけではどうしようないのも事実なんだよね……。


 どうしようかと考えていると、心配そうにこちらに顔を向ける春華の姿が視界に映った。やっぱり春ちゃんは優しいな……。


「その……私事で春ちゃんからしたら迷惑かもしれないんだけどね……?」


「そんなことないよ。聞かせてほしいな」


「その、前の誕生日に春ちゃんが可愛いハンカチをくれたでしょ? それを落としちゃって……」


「でも、それ持ってきてたよね?」


「あっ、うん。拾ってくれたの、──男の人に」


「あぁ、…………なるほどなぁ」


 多分春ちゃんはその次に起こったことを読み取れたんだと思う。春ちゃんは私の性格をよく知っているから。


「そういうこと。逃げちゃったの、私。……あぁ、申し訳ないことしちゃったよ、大事なハンカチを拾ってくれたのに……」


 はぁ、と大きなため息を吐きながら机に寝そべってだらしない体制になる。


 私は中高と女子校で過ごしてきたことが影響してか、どうも男性が苦手だった。


 どうしても男の人っていうだけで少し怖いイメージが私の中にはあるの。もちろん、全ての人がそういう訳じゃないことは分かっているし。むしろ、そんな人のほうが少ないことも。


 けれど……一度そんなイメージを持ってしまったから、どうしても男の人を前にすると逃げてしまいたくなる。


 …………いや、もしかしたら、怖いとかそんなんじゃなくて、恥ずかしいのかもしれない。


 前に春ちゃんにオススメされた少女漫画を読んで、少しだけ、変な考えを持ってしまっているのもまた事実だから。『王子様』なんて妄想を考えてしまう自分も、存在しているわけだから。


「つまり柚ちゃんは、その男性にお礼をしたい、というわけなのかな?」


「簡単に言えば……そんな感じ」


 うーん、と顎に手を当てて考えを巡らせている春ちゃん。


「……でも、ハンカチを拾ってくれただけなら、男の人側からしたらそれほどのことをしたとは思っていないと思うけどなぁ」


 それもそれで一理ある。……けど、私からしたらそれほどのことだ。ハンカチはハンカチでも、これは大事な友達からもらったものなのだから。


「で、でも……」


「……やっぱり柚ちゃんは優しいな。少しのことでも感謝を忘れないのは、天使と呼ばれている一つの所以なのかもね」


「て、天使……?」


 なんだか聞き慣れない言葉に困惑する。春ちゃんの口ぶりからして、私のことを天使って? そんな、恐れ多いよ。 


「もしかして知らないの? 柚ちゃん、可愛すぎてこの女子校の間で……というより、ここ一帯で天使と呼ばれてるんだよ?」


「か、かかかかわ……っ!?」


 やっぱり可愛いと言ってもらえると嬉しいけれど、それ以上に恥ずかしさが襲ってくる。ボッと顔が熱くなっていくのを感じた。何度かそう言われることはあるけど、未だに慣れないよ……。


「ふふっ、そういうところとかね?」


 ニコッとちょっと意地悪そうな笑顔を浮かべながら、春ちゃんはからかうようにそう言ってくる。


「……も、もぅ……」


「ふふっ、ごめんごめん。まぁ、お礼をしたいなら、500円もかからないくらいのお菓子を渡すとどうかな? 高級のだとさすがに遠慮しちゃうしね」


「……わ、分かった……っ!」


 私は春ちゃんの助言を聞き、さっそく明日……はさすがに緊張するから、明後日に実行することにしたのだった。


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