六女のリーリヤちゃん。

 食卓を囲む私の膝の上には、お人形さんのような女の子が座っていました。

 名前はリーリヤちゃん――そう、妹です。

 末っ子である六女のリーリヤちゃんは、名前から察しているかもしれませんが、日本人ではありません。

 どうしようもないクズの父が、仕事先で出会ったロシア人女性と浮気した挙句に産まれた子で、紆余曲折を経て我が家で育てることになったのが八年前――リーリヤちゃんが二歳の頃でした。

 紆余曲折とはなんぞや?

 紆余曲折は紆余曲折です。

 ちなみにリーリヤちゃんのことは、私たち姉妹は「リーリャ」と呼んでいます。

 最初こそ言葉の壁で上手く接することができませんでしたが、今では姉妹での癒し担当の小学四年生です。

 透きとおるような白っぽい金色の髪は年々伸び、年相応の小さな体躯も相まってフランス人形のようなんです。ハーフですけど、日本とロシアの。

「ねぇね……あーん」

「あーん」

 リーリャちゃんが納豆一粒を器用に箸でつまみ、食べさせてくれました。

「ねぇね、美味しい……?」

「うん!すごく美味しいよ!」

 白いご飯と一緒に食べるほうが好きですけどね、納豆。

「おいあねき。あんまリーリャを甘やかすなよな」

「そうだよおねぃ。リーリャは嫌いな物を食べさせてるだけなんだから」

 葵羽あおはちゃんと霞澄かすみちゃんがすかさず指摘してきます。

「リーリャちゃん、そうなの?」

「リーリャ……そんな悪い子じゃないもん……あーん」

 霞澄かすみちゃんに納豆一粒をつまんだ箸を向けるリーリャちゃん。

「うっ……あーん」

 霞澄ちゃんもなんだかんだでリーリャちゃんには逆らえないのです。

 リーリャちゃんの眠そうな目が、葵羽ちゃんへと向けられます。

「ん、なんだよ……あたしはあねきや霞澄と違って、甘くねーからな!?」

「あーん」

「ちっ……い、一回だけだかんな……あーん」

 篭絡される葵羽ちゃん。チョロい。

「リーリャ、ぼくが食べてあげようか?」

「あーん」

 秋桜こすもすちゃんも同じようにあーんされました。

 それを照れつつもパクっと口にする秋桜ちゃん。

「そんな一粒ずつじゃなくて、納豆丸ごと食べてあげるよ。ぼく、納豆好きだし」

「葵羽の言うとおり甘やかしてはダメよ、アキ。ねーさんも」

 牡丹ぼたんちゃんも割り込んできます。

「あーん」

 怯まず牡丹ちゃんをも攻め落とさんとするリーリャちゃん。

 それに対し牡丹ちゃんは――

「…………(にこっ)」

 一見すると柔らかな笑みで迎え撃ちました。

 いいから食べろ、という無言の圧力です。

「牡丹ねぇね、好き」

 ずきゅーん!!!

「……今回だけですからね?まったく」

 リーリャちゃんの放った一言に牡丹ちゃんの心が撃ち抜かれました。

 リーリャちゃん……末恐ろしい子……。

「牡丹ねーさま、食べてあげてもいいですか……?」

「いいですけど、リーリャ。好き嫌いしていては大きくなれませんよ?」

「牡丹ねぇねみたいになっちゃうの……?」

 ピキッ――リーリャちゃんの何気ない一言が、その場を凍らせました。

「リーリャ……それはどういう意味ですか……?」

 牡丹ちゃんが引き攣った笑顔で尋ねます。

「落ち着いてください、牡丹ねーさま!リーリャに悪気はないんです!」

「そうだよ牡丹ちゃん。仲良く、ね?」

 秋桜こすもすちゃんと二人で牡丹ちゃんを宥めます。

「ねーさんとアキは黙っていてください」

「「はい……」」

「あねき!牡丹に押し負けてないでなんとかしてくれよ!」

 無理だよ葵羽ちゃん……世の中には言っていいことと悪いことがあるんだもん……。

「ってゆーか、牡丹さぁ。胸が小さいくらいどうでもよくない?」

 霞澄ちゃんが決定的な一言を口にしてしまいました。

「霞澄ちゃん!?それ火に油だよ!?」

「別にわたし、胸の大きい小さいなんて気にしていませんし」

「ほんとかなぁ?この前、鏡の前で自分の胸見つめてため息ついてたじゃん」

「見間違いでしょう?霞澄、眼科に行ったほうがいいんじゃない?」

「なにさ」

「なに」

 睨みあう牡丹ちゃんと霞澄ちゃん。

 あわあわと見守ることしかできない私の膝の上で、リーリャちゃんが任せてと言わんばかりに視線を向け、力強く頷きました。

「ねぇねたち、ケンカしちゃ、めっ」

「元はと言えばリーリャが牡丹の胸を小さいって言ったんでしょ?」

「リーリャがそんなこと言うはずないでしょう。先に小さいと貶したのはあなたでしょう霞澄」

「はぁ?じゃあなんで牡丹はキレてるんですかねぇ?」

 リーリャちゃんは「ごめんなさい」と私に聞こえる声で謝ってきました。その瞳にはうっすらと雫が見てとれます。

「うちより小さいまな板胸のくせに」

「わたしだって少しくらいは膨らみがあります!」


「いい加減にしなさーい!!!」


 私は勢いよく箸を叩きつけ、叫びました。

「牡丹ちゃん。胸は大きさじゃなくて形なの。いくら大きくても形が悪ければ価値は薄れるの。それに牡丹ちゃんは私に似て美人だし、胸が小さいくらいなに?私なんて見てよこれ。葵羽ちゃんよりちっちゃいんだよ?中学生に負けてるんだよ?泣きたいのはこっちだよ!」

「ねーさん、別にわたし、泣いてませんけど……」

「つーかあねき、自分も大きさ気にしてんじゃねーか……」

「あーもうあー言えばこー言う!!」

「「「えー……」」」

「落ち着いてねーさま。ねーさまはまだまだ大きくなりますよ!努力!友情!勝利!です!」

「友情関係ないし努力ならしてますぅぅぅ!!!」

 その後、母に怒られるまで私は叫びまくっていました。

 めでたしめでたし。

 ……いやなにが?

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