第20話 絶対に負けられないんだから。
それぞれの親への挨拶。ナオさんの実家は福岡県H市、俺の実家は愛知県K市なのでゴールデンウイークを利用して、5連休中に二つとも行く予定を立てた。ナオさんのご実家も俺の実家も事前にこちらの希望どおりアポを取ることができた。うちの親には付き合っている女性がいること自体を伝えていなかったので若干驚いていたが、長男に「会って欲しい人がいる」と言われて嫌がる親がいるとは思えない。「いよいよそんな年齢になったのね」と感慨深げだった。
5連休初日、新幹線で東京から博多まで移動する。今日は移動だけで博多駅近くのホテルに宿泊し、明日のお昼時にナオさんのご実家へ訪問する予定だから出発もお昼前にした。それでも夕方前には博多に着くのだからゆとりがある。二人とも4泊5日分の荷物を持っての移動だから大きなスーツケースを引きながら電車に乗り込むが、指定席を抑えていたのでスムーズに席を確保できた。
「あー、どうしよう。緊張します。」
「うちは大丈夫よ。これまで私が男を連れて帰るのを首を長ーくして待っていたらしいから、明日を楽しみにしているって。」
「でも。ナオさんのお父さん厳しいんですよね。」
「まあ昔はやんちゃしてたらしいからねぇ。厳しいというか面倒くさいというか、言葉遣いや順番とか筋を通さないと怒りだすかも。」
「うわー、脅かさないでくださいよ。俺アザだらけになって、半田家を追い出されたらどうしよう。」
「ははは、大丈夫、大丈夫。私もお母さんもいるから。逆に気に入られたら、我が子のように可愛がってくれるわよ。子供が女二人で男の子ほしがっていたから。」ナオさんがケラケラ笑っている。いい笑顔だ。
「よし。まずは懐に入って、気に入られるように頑張ります。」
「私の方こそ心配だよ。ユウジママに気に入られるように頑張らなきゃ。ロープレするから付き合ってよね。」
「えー、仕事じゃないんですから。」
「何を言っているの、私自身の人生をかけたプレゼンよ。絶対に負けられないんだから。まずは、ユウジ君のお父さんとお母さんのことをもっと聞かせて。例えば、趣味とか、好物とか。」こんな話をお互いにしながら、名古屋を過ぎ、大阪を過ぎ、博多へ近づいていく。
博多駅。活気があって賑わっている。土地勘があるナオさんが予約をしてくれているホテルへ移動する。徒歩数分らしい。最初ナオさんは先に実家へ帰ってはどうかと言ってみたが、「どうせ一晩中、根掘り葉掘りユウジ君の事を聞かれるだけだから」と、明日俺と一緒に実家へ帰ることになった。
ナオさんは晩御飯を食べながら楽しそうに自分が育った街のことを教えてくれた。「長浜ナンバーワン」ここのラーメンがナオさんのお気に入りらしい。駅ビルにラーメン店を集めた区画があり、そのテナントの1つとして入っているお店だ。豚骨ラーメンは、特にスープが濃厚でとろみがあり美味しかった。ナオさん曰く「屋台で食べるラーメンも美味しいけど、雰囲気だけの所や急かされる所とかもあるから、結局こういう所の方が好き」らしい。夜食にと阪急百貨店の地下で「焼きどうなつ」なる物を買い、ホテルに戻った。これも好物らしい。
明日のお昼前にナオさんのご実家へ挨拶しに行くというのに、二人並んでベッドに入ると勃起してしまうのは悲しい性だ。ナオさんと向き合っている時に膨らんでいるのがバレてしまった。
「明日は私の実家なのに本当に緊張してる?」とナオさんに茶化された。
「していますよ。怖いくらいです。」
「脅かしちゃって悪かったけど、大丈夫だよ。おいで。…ヨシヨシ」とナオさんは俺を抱き寄せて頭を撫でてくれた。ナオさんの下半身に手を伸ばすと「ふふふ」と笑って、「もぅ一回だけだよ」と優しく身を委ねてくれた。しかし、ナオさんはショーツもアソコも全く濡れていなかった。バスローブの前をはだけてショーツも脱がせ、ソフトに、しかし念入りに指でクリを刺激した後、ゴムを装着してねじ込む。
「今日もスゴイね。気持ちいいよ。」ナオさんはゆったり股を開いて、正常位で俺を受けれ入れてくれた。
「ナオさんは今晩“気分”じゃなかったのに、…ありがとう。」
「ふふふ、いいのよ。遠慮せず気持ち良くなってね。」俺は緊張を紛らわすようにナオさんを愛した。
ホテルをチェックアウトして荷物を預かってもらった後、ロビーで待っているとナオさんのスマホに連絡が入った。どうやら迎えが来たらしい。
「初めまして、妹のミオです。」FITで迎えに来てくれた妹さんはノリが軽い。こちらも自己紹介すると「爽やかイケメン、ゲーット」とナオさんをからかっている。「バカなこと言ってないで、速く運転しなさい」とナオさんが言うとミオさんは笑いながら車を走らせた。車の中での会話からミオさんは俺と“タメ”で、結婚して女の子が一人いるらしい。ナオさんが前に話をしていた可愛い姪っ子の事だ。今は家で両親に見てもらって俺達を迎えに来てくれたらしい。
いよいよ半田家の玄関をくぐる。ナオさんとミオさんが「ただいまー」とズカズカ家に入っていく中、「失礼します」と遠慮がちに家に上がる。ナオさんのお母様だろう、玄関まで出迎えに来てくださって「ようこそ、遠かったでしょう。さあ入ってください」と招き入れてくれた。リビングに通され、お父様にもご挨拶をする。
「初めまして、刈谷ユウジと申します。よろしくお願いします。」
「おお、よく来てくれた。まあ、座りなさい。」
「本当にナオがいつになったら男を連れて帰ってくるかって、ずっと楽しみにしていたから待ち遠しかったわよ。」
「もー、お母さん。いいから何か飲み物ちょうだいよ。ユウジ君も座って。」とナオさんにテーブルにつくように促された。
「これ名古屋のウイロウです。お召し上がりください。」俺は事前にネットで取り寄せていたウイロウ詰め合わせをお母様に手渡した。江戸時代から続く老舗和菓子店の物で、うちの親もここのウイロウが好きだ。
「まあ、お気遣いいただいてありがとうございます。お昼ご飯の後に一緒にいただきましょうね。」4人掛けのテーブルにはお寿司が並べられており、お母様が温かいお茶を淹れてくれた。妹のミオさんはリビングの離れた所で姪っ子ちゃんを抱っこしている。
食事をとりながら、まさに根掘り葉掘り二人の出会いから馴れ初め、プロポーズの事まで聞かれた。初めにナオさんからの誘惑で肉体関係を持ったことはもちろん伏せて、年末に俺から告白をして、ナオさんにOKをもらったということにしている。付き合ってからは短いが、仕事を通じて3年間は誰よりも長い時間一緒に過ごしたのだ。お互いに性急な判断ではないと話した。
学生時代の部活から週末の過ごし方まで、俺の趣味趣向にも興味を持ってくれた。そして、ナオさんの子供の頃の話も聞かせてくれた。
「ナオは大きな病気やケガをすることなかったし、勉強も運動もできたから本当に手がかからない子だったのよ。」
「でも高校から弁論部とかいう小難しい事やりだして、口ばっかり達者になったじゃないか。」お父様は少し不満気だ。
「面倒くさい女になって彼氏ができなかったもんねー。」とミオさんが離れた所からからかう。
「ミオ!」とナオさんが怒ると姪っ子ちゃんが泣き出し、「ナオおばさん怖いねぇ。ヨシヨシ」と言いながら姪っ子ちゃんをあやしている。
「あなたに似て我儘で負けず嫌いだから、気に入らないことがあるとすぐ人を言い負かす子になったんですよ。ナオが。」
「俺のせいじゃねぇだろう。」修羅の国のお父様が凄む。
「ちょっと。ユウジ君が引いてるじゃない。止めてよ。」ナオさんが止める。
「ああ、ナオさん大丈夫ですよ。引いてませんから。」
「ごめんなさい。でも刈谷さん、ナオはね、東京に行ってからも定期的に電話をしてくれて心配はなかったし、父の日や母の日にプレゼント送ってくれたりして優しい子なのよ。」
「自分の娘を褒めるのも何だが、ナオもミオも背は低いが美人だし、よく気が利くだろう。」お父様も慌ててナオさんをフォローする。
「はい。ナオさんは美人で、仕事でも大活躍で、憧れの先輩です。」
「まぁ、ナオを憧れの女性って言ってくれる人がいるなんて信じられない。いつまで経っても男ができないのだけが玉にキズだったから、今日、刈谷さんが一緒に帰ってきてくれて嬉しいわ。」母親を見れば彼女のおおよその将来像が分かるというが、ナオさんのお母様はやせ型で背筋がシャンと伸び、頭の回転が速くよくしゃべる人だ、ナオさんはお母様似なのだろう、顔の作りもよく似ている。
食事もあらかた終えて質問攻めが少し落ち着いた頃合いで俺の出番だ。
「今日は時間を取っていただいてありがとうございます。一緒に食事をいただけて楽しかったです。」一旦言葉を切り、ゆっくりと席を立ちフローリングの床に正座してご両親の方に向かって切り出す。
「お父様、お母様、ナオさんと結婚させてください。」
「ナオ、いいんだな。」とお父様が穏やかな口調でナオさんに一声かける。
「はい。」ナオさんも神妙に答える。
「刈谷さん、こちらこそナオをよろしくお願いします。」お父様もお母様も椅子から立ち、頭を下げてナオさんを託してくださった。
昼食が下げられ、一旦テーブルを片付けた後、お菓子とコーヒーをいただいた。あまおう苺が入ったどら焼きや、昨晩ナオさんも買っていた「焼きどうなつ」もテーブルに上がっている。俺が持参したウイロウも出され、モチモチして美味しいと半田家の皆さんに好評だった。
「私、トイレ」と途中でナオさんが席を立つと、ミオさんがテーブルに駆け寄ってきて、お母様とミオさんが小声で俺に話しかけてくる。
「ねえ刈谷さん、ナオとケンカしていない?大丈夫?言い出したら聞かない子だから、気に入らない事もあるかもしれないけど、負けてあげてね。」
「お姉ちゃんは気が強いけど、義理深い人だから気長に相手してあげてね。何だかんだ世話焼きで良い人だし。」
「ありがとうございます。アドバイスを覚えておいて夫婦円満に役立てます。」
「えー、めっちゃ優しくていい人。刈谷さんからお姉ちゃんにアプローチしたんじゃなくて、本当はお姉ちゃんが刈谷さんにちょっかい出したんじゃない?」
「そうなの、刈谷さん?ナオは男の人に興味が無い子だったどうしようと思っていたから本当によかったわ。」
「あるある。絶対あるって。だってお姉ちゃん映画やドラマでプロポーズや告白のシーン大好きだったもん。何なら男ができなくて欲求不満だったくらいじゃない。」ミオさんはいたずらっぽく笑っている。
「刈谷さんさえ良ければ、もう子作り始めてくれていいのよ。」
「コラ、お前たち、どさくさに紛れて何を言っているんだ。刈谷さんが困っているだろう。」お酒が入っているお父様からツッコミが入る。
「ナオさんとよく相談して、良い報告ができるように頑張ります。」
「何を小声で話しているのよ。ユウジ君に変な事をふきこまないでよ。」ナオさんがトイレから戻り、怪しんでいる。
「ん、ん、ん。ところで刈谷さん、今日うちに泊まっていけば?名古屋に行くのは明日なんでしょ。」わざとらしい咳払いをしてお母様が話題を変える。
「明日のお昼前ですから、今晩の内に名古屋へ移動しておこうと思いまして。」
「あら~、残念。またゆっくり遊びに来てね。孫を連れて来てくれたらもっと嬉しいけど。ふふふ。」
「もー、お母さん。何を言っているのよ。」ナオさんが恥ずかしそうに制止する。
「いい、ナオ。明日一日は猫かぶっていい子にしてるのよ。」
「そうだよ、お姉ちゃん。彼ママを論破とかしちゃダメなんだよ。」
「分かってるわよ。バカっぽくならない程度にお淑やかにしてます。」
「刈谷さん、ナオの化けの皮が剝がれそうになったら助けてやってください。」
「お父さんまで何なの。」
「刈谷さんはいい人だから、しっかり引き取ってもらわなきゃ。最初で最後のチャンスだと思って明日は頑張りなさい。」
「そんなこと私が一番よく分かっているわよ。頑張ってくるから。」
「ナオさんならきっとうちの両親にも気に入ってもらえると思います。今日はありがとうございました。」
「じゃあ、行ってきます。ミオ、車お願い。」ナオさんは少しふてくされている。
「じゃあ、お母さん子供見ててね。お姉ちゃんと“お兄ちゃん”を駅まで送ってくる。」俺が「お兄ちゃん?」とキョトンとしていると、ミオさんが「もうすぐ義理の兄なんでしょ」と笑っていた。
賑やかな半田家を辞去し、ホテルに預けている荷物を回収して新幹線に乗り込んだ。駅のお土産物売り場でナオさんは、博多の老舗和菓子店のお饅頭を刈谷家への手見上げとして購入していた。「寿々」という銘で縁起が良い。
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