第6話 今は言っちゃダメ。……聞きたくない。
年末が近づき社内も慌ただしくなる中、俺と先輩は年内納期の大きな案件を抱えていた。料理支援アプリのアップデートの企画と設計で、大手民間企業からの発注だった。
「刈谷くん、来てくれる。」ナオさんから余所行きの声で呼ばれた。上司の企画・設計部長の席に行くと、もう一人女性が立っていた。
「こちら総務部の栩木さん。私達だけでは納期が厳しそうだから、ヘルプしてくれることになったの」と紹介された。初めましてではなかったが、今まで仕事で絡みが無く、地味な女としか印象がなかった。
「栩木さんは、経理で数字のスペシャリストだから、見積とか収支とかお金回りを助けてもらおうと思うの。」
「そんなスペシャリストってほどではないのですが、よろしくお願いします。」と遠慮がちに言われ、この年下のメガネ女子と初めての会話をした。
プロジェクトを進める。栩木さんは前評判どおりしっかりと仕事をしてくれて、手も早く、とても助かった。しかし、フォローが入ったとは言え、案件が大きく納期が厳しい事には変わりがない。俺とナオさんは何度か深夜残業や社泊をせざるを得なかった。栩木さんにも申し訳ないが、終電までは一緒に付き合ってもらった。
2週間も一緒に仕事をすると、時々3人で一緒に晩御飯を食べに出ることもあり、自然と打ち解けることができた。
「栩木さんもお付き合いしている人いないの?」ナオさんが聞く。
「いませんよ。それっぽい人ができそうになっても、続かないんですよね。」
「うちの会社、給料は良いけど拘束時間長いし、体力いるからね。」ナオさんが実感を込めて言う。
「でも、先輩方お二人はモテますよね。刈谷先輩はどうなんですか?フリーなら私、立候補しちゃおうかな。」
「俺も、彼女はいない。でも、いいなぁって想っている人はいる。」
「えー、残念。遠回しに振られちゃった。」と栩木さんは学生みたいに恋バナを楽しんでいる。
「半田先輩は総務の某チーフから告白されたって噂ですが、返事されたんですか?」
「先輩、ホントですか。」俺はおいおいマジかよと思い、ナオさんに聞く。
「うん、振った。」ナオさんは食後のコーヒーを飲みながら淡々と答える。
「そもそもあの人はタイプじゃなかったってのもあるけど、職場恋愛って、何かピンと来ない。仕事に集中できなくなりそうだし、拗れると後が面倒だし。あと、仮に職場恋愛しても、自然な自分でいれそうにないのもあるかな。うまく切り替えができない気がする。」
「なるほどー。勉強になります。」と栩木さんはナオさんの話に感心していた。
「30超えて疲れもたまりやすくなってきたし、仕事辞めて婚活しようかな。仕事は仕事で面白いけど、結婚もしてみたいし、子育てもしてみたい。」遠い目をしながらナオさんが語る。俺はショックで、ハンマーで殴られたように頭がクラクラした。
「半田先輩が本気になったら男は放っておけないですって。」仕事の続きがあるのでお酒は入っていないが、栩木さんの話が止まりそうにない。
「さあ、仕事に戻るわよ。ここは私のおごり。」ナオさんの号令で、晩御飯がお開きになり、職場に戻った。外はずいぶん肌寒い。
「まだ明日もあるし」と栩木さんには、終電に間に合うように帰ってもらい、俺とナオさんは作業を続けた。クリスマス前には納品を済ませ、年末年始は気兼ねなくゆっくりするという工程で今俺たちは深夜1時を迎えている訳だが、俺は仕事に集中できていない。
「何あからさまに凹んでるのよ。」デスクで作業をしている俺の横に立ち、ナオさんが軽く俺の頭をはたく。
「スイマセン。」
「何が地雷だったの?」
「あ、いや、俺が勝手に勘違いして、舞い上がっていただけですから。」
「あ、もしかして社内恋愛のことかな?」俺が言いおうとして飲み込んだことを察してくれている。この際ハッキリ想いを伝えて、ナオさんの気持ちを確かめたくなった。
「俺、先輩のことずっと、、、」と言いかけたところで、
「ダメ!……今は言っちゃダメ。……聞きたくない。」と強い口調で言われ、俺達しか残っていないオフィスにナオさんの声が響く。驚いてナオさんを見上げると、ナオさんと目が合った。
「今言われると、私、振るしかないから。」
「今の案件が片付いて、落ち着くまで待ってよ。私も考えているところだから。」そう言って、ナオさんは自分のデスクに戻って行った。
「今日はもう帰ろう。タクシーを呼んでくれる?」
「はい。」俺はタクシーを1台、社の前に回してもらうように電話した。ナオさんは荻窪、俺は三鷹なので、途中、ナオさんを荻窪駅近くで下ろして、そのまま自分の家までタクシーで帰ることが多いのだ。
自分の家に着いた。約9畳の少し広めの部屋に物が少ないので、小ぎれいに見えるが、片づけを休みの日にしかしないから少し匂いが籠っている。シャワーを浴びて、セミダブルのベッドに寝転ぶが、ナオさんとの今日の会話がグルグルと頭の中で繰り返され、とても寝れるような精神状態ではなかった。頭を切り替えたかった。
俺は八つ当たりをするように、スマホでエロ動画を漁る。ナオさんとは全く違うタイプの女性のことを考えたかったので、サムネイルを見ながら比較的幼めの顔立ちの女性の動画をクリックした。ありがちなナンパものの動画だった。女子大生を路上でナンパし、ホテルに連れ込む。女子大生を誉めまくり、ボディータッチを増やしていくうちに、女子大生もその気なって男優とセックスをした。
男優が持つカメラの視点で撮影された動画が続く。その小柄な女子大生は全裸で仁王立ちの男優の前に膝立ちになり、上目遣いでカメラを見ている。男優に促されても躊躇していたが、結局、モノを嫌そうな顔で咥えたり、舐めたりしている。「地味な顔をして、どこでそんな事を覚えたんだ」と思いながら、俺も自分のモノを擦る。
ふと「私、立候補しちゃおうかな。」という栩木さんの言葉と顔が頭をよぎった。男優は女子大生の口からモノを抜き、自身で少しの間擦って女子大生の顔面に射精した時だった。俺は乱暴な扱いを受けている動画の女子大生を栩木さんに脳内変換して続きを視聴し、女子大生と男優が2回目のセックスが終わったところで、俺も自慰を終えた。
「情けない。」ただ虚しいだけだった。
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