第359話 包囲網内に孤立
「勝てたか」
ベルケが帝国軍の陣地へ滑空して行く姿を見て安堵した、忠弥はようやく、勝利を実感した。
いくら敵でも知り合い、しかも優秀な航空技術者を殺す気にはなれない。
ベルケが無事なのは忠弥には喜ばしい事だ。
「けど、此方も燃料切れだ」
ベルケ相手にスロットル全開で、燃料を大量に消費しながら飛んだため、燃料は殆ど空だ。
「前線飛行場に着陸するか」
一番近い飛行場はカルヴァドスポケットだ。
包囲下に置かれているが致し方ない。
砲撃の中、忠弥は砲弾で穴だらけの滑走路に機体を滑り込ませた。
緊張しながら忠弥は初風を操る。
滑走路は穴だらけだ。脚が穴に入ったら機体がつんのめってひっくり返ってしまう。
「穴にだけは入ってくれるなよ」
滑走路を上空から見て、伝わってくる振動から路面の状態を感じ取りつつ、祈るように忠弥は操縦桿を握り着陸させ機体を停止させた。
「ふうっ、助かった」
揚力の高い複葉の戦闘機だったお陰で短距離で着陸させることが出来た。
滑走路の砲弾痕に脚を取られることなく、着陸する。
だが、安心出来たのも束の間。
すぐに多数の砲弾が忠弥の周りに降り注ぐ。
「!」
激しい爆発が四方で起きる。
幸い近くに落ちなかったが狙われているのは間違いなかった。
忠弥は、ベルトを外すと、すぐに飛び降りて、近くの穴に飛び込む。
直後、忠弥の乗っていた初風に砲弾が直撃し、粉々に壊れて仕舞った。
「畜生」
さすがに砲撃に耐えられないことは知っているが、いざ破壊されると悔しい。
だが、悲しみはすぐに吹き飛んだ。
「忠弥!」
「昴!」
忠弥の元へ昴が駆け寄ってきた。
穴に飛び込み、抱きつく昴を忠弥も抱きしめ返した。
「わざわざ、会いに来てくれた……訳ではないね」
「会いに来た……と言えればどれほど良い事か。酷い状況よ。西側が破られた」
ベルケと忠弥の勝負がついたあと、帝国軍は一時意気消沈したが、破れかぶれに攻撃を開始。
激しい砲撃により耐えていた第一師団西側の陣地が遂に突破され、帝国軍の侵入を許した。
「防衛線を後退させるように命じられて逃げてきたわけ。今はここが最前線よ」
前線飛行場の前に敵が迫っていた。
「これじゃあこの飛行場は使えないな」
大砲どころか小銃にさえ狙われる状況では、飛行場は使えない。
「弾薬の備蓄は?」
「もうないそうよ」
「済まない、もっと輸送機を作っておけば」
「へこまない。ここまで耐えることが出来たと喜んでいるわ」
本来なら数日前に弾薬が尽きて陥落しているはずだった。
しかし忠弥率いる空軍が行った空中補給のお陰で、食料弾薬武器が補充され、第一師団は陣地を保持する事が出来た。
ここまで、持ちこたえたことは賞賛すべき事だった。
だが、陣地は今陥落しようとしていた。
「ああ畜生」
忠弥も、パイロットの装備品であるリボルバー拳銃を確認する。
たった六発しか撃てないし、拳銃の腕前も――航空機開発に時間を費やしたため射撃雲連をサボったこともあって下手だ。
それでも昴だけは守ろうと決めていた。
その時、一発の銃弾が忠弥の近くをかすめた。
「うわっ」
敵の射撃だった。
網的は近くまで迫ってきている。
「周り中、敵だらけね」
穴の縁から身体が見えないように外を見ていた昴が言う。
数日間の塹壕生活で、陸兵の動きをマスターしていた。
視線を敵に向けつつ慣れた手つきで、小銃を操作して薬室に銃弾を装填。
更に手榴弾も用意する。
同時に敵の動きも分かってしまった。
完全に囲まれており、逃げ道はない。
「来るわよ」
昴は手榴弾の安全ピンを外した。
突入してくる前に放り投げ、牽制し飛び出してきたところを小銃で撃ち抜く。
「撃って!」
「う、うん」
小銃の弾倉が空になり再装填の間、忠弥の拳銃で敵を牽制させる。
そして、弾のクリップを交換すると再び銃撃を行い敵兵を倒していく。
完全に歴戦の陸兵の動きをする昴に忠弥は圧倒された。
「不味いわね。手榴弾がもうない」
顔に焦りを浮かべながら昴は、言った。
幾ら昴でも、弾も手榴弾もなければ抵抗出来ない。
二人は覚悟を決め互いに服の裾を握った。
帝国兵は二人に向かって突撃を始め、激しい砲撃音が響いた。
「え?」
異様な状況に忠弥は疑問を浮かべた
二人に迫って帝国兵。
そこへ砲撃音が響いたが、砲撃は二人の背後から響いた。
振り返ると、キャタピラと大砲を取り付けた鉄板のお化けがやってきた。
「戦車だ! いや、陸上軍艦だ」
やってきた戦車を見て忠弥は叫んだ。
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