第314話 航空母艦 龍飛

「風が弱いか」


 作戦開始前、忠弥は天候を見て顔をしかめた。

 思ったより風が弱い。


「飛べそう? っと」


 揺れでよろめいた昴だったが、忠弥はすかさず肩を抱いて転倒を防いだ。


「気をつけて、波は強いんだ」


 揺れる甲板でも揺れに合わせて体を動かす忠弥の体は安定していた。


「発進できないと大変でしょう」

「大丈夫、風上に向かえばなんとかなりそうだ。龍飛の速力なら大丈夫」


 そして忠弥は甲板脇の仮艦橋に命じた。


「発艦準備! 風上へ全速で向かうんだ!」


 命令に従い、龍飛は風上に向かって進み出した。

 甲板の先端からボイラーの蒸気が一筋流れ始め、風上を知らせ航海士の針路調整を助ける。


「うん、良い風だ。準備できたね」


 少し揺れが気になるが仕方ない。

 最新の戦艦なら二万トンの排水量があるが、この航空母艦龍飛は排水量七〇〇〇トンしかなく、揺れやすい。


「やっぱり大きい方が良いんだけどな」

「何を言っているのよ。龍飛の建造に、かなり無理したでしょう」


 忠弥が行った横車を思い出し昴は、呆れた。


「でも、役に立っているでしょう」


 しかし忠弥は懲りなかった。


「海上から高性能な機体を送り出せる航空母艦。作っておいて」

「それは認めるわ」


 どや顔の忠弥に明ながら昴は言った。

 世界初の航空母艦である龍飛がこんなに早く建造されたのは忠弥のお陰だった。

 海上の艦艇から航空機を発進させるアイディアは昔からあった。

 艦艇の甲板や主砲の上に滑走台を取り付けて発艦させることは簡単であり、多くの海軍で成功していた。 

 地球でも第一次大戦前に日本を含む多くの国が成功させた。

 だが、航空母艦と艦載機の実用化には至らなかった。

 発艦は比較的簡単だが、着艦が当時不可能だったからだ。

 風上に向かって走れる上、艦首あるいは主砲塔の上に滑走台を置くことで飛行機に風を与え揚力を確保するのは簡単だった。

 だが、着艦は飛行機のスピード、失速速度が洋上艦の最大速力を上回っているため、着陸のための距離を稼ぐ必要があった。

 空中空母の場合は、速力が早く、失速速度を上回る速度で航行し、速度を合わせて着艦、というよりフックで引っかけて回収するので楽なのだ。

 だが航空機と洋上艦は速力が違いすぎる。

 速度差――飛行機の失速速度と船の最大速力との差ががありすぎて安全に飛行機を止める事ができない。

 その上、船の構造も徒になった。

 船の艦首には何もないが、そのあと艦橋、煙突と船に必要な構造物が船体中央には並んでいる。

 滑走台を付けるには邪魔でしかなかった。

 無理に着陸用の滑走台を艦尾に作ったが、短すぎて止まりきれず、構造物に激突する事故が多発した。

 おまけに中央の構造物が邪魔で艦首の発艦用甲板に航空機を移動できず、再発艦不能だった。

 そのため、洋上での運用は発艦のみしか不可能と考えられた。

 だが、諦めきれない皇国海軍は皇国空軍、忠弥に協力を依頼。忠弥は快諾して早速計画を始めた。


「専用の艦の作らないとダメです」


 依頼を受けた忠弥すぐさまアドバイスを与えた。


「真ん中を滑走台、飛行甲板にして航空機の発着艦を行います。他の構造物は全て横にどけます」


 艦の中央部が邪魔なら邪魔にならない左右両舷に移動させ、いらな飛行甲板、発進のための滑走距離と着艦のためのスペースを確保する。同時に、甲板の下に格納庫を作り、運用するのだ。

 史実の航空母艦と同じ構造だった。

 だが皇国海軍は拒絶した。

 あまりに革新的すぎる艦の形に海軍側の拒絶反応が出てしまった。

 勿論、航空機を洋上で運用したいが、既存艦の小規模改造程度で済ませたかった。そのため海軍は滑走台が不要な車輪のないフロート付水上機で済ませることにした。

 だが、今後の航空戦を考える忠弥は、フロート付水上機では今後、陸上機に勝てないと判断。車輪を付けた艦上機を運用するべきだと主張した。

 それでも海軍が拒絶したため、昴の父親、皇国議会の第一党党首を動かして、航空実験艦の建造を要求した。

 皇国は統帥権の独立――軍部は国会から独立し皇主のみに責任を持つことを基本としていた。

 軍部の暴走の恐れより、政治家の横やりで不要な戦争を行い国を傾かせた例が古代より多かったからだ。

 選挙民の支持を得るために征服戦争を主張したり、わざと耳を切り落として、敵国に切り落とされたと主張して同情を集め、侵略した事例があったため、杞憂とは言えなかった。

 だから軍部は国会から軍事への口出しを極度に嫌った。

 だが、予算は国会の承認が無ければ執行できず無下にも出来ない。

 それに空軍、正確には忠弥の指導が無ければ航空機の運用、実戦投入など十年以上見込めない。

 結局海軍は国会の勧告もあって空軍予算による空母建造を受け入れ、船として空母に必要な機材、人員と運用ノウハウを提供し、空軍も航空関連の機材の開発と海軍側の人材養成を行う事で建造が始まった。

 初めてのこともあり、困難や齟齬もあったが、建造は順調に進み、世界初の航空母艦龍飛は就役した。


 全長一七〇メートル

 全幅一九メートル

 出力三万馬力

 速力二五ノット

 エレベーター二基

 搭載機二一機(定数)。


 航空艤装の実験のために建造されたので非常に小さいが、世界初の空母として就役した。

 このまま実験が行われるはずだったが、戦局の切迫もあり実戦投入されることになった。


「もっと護衛が欲しかったんだけどな」


 忠弥は愚痴った。

 龍飛の近くには支援と護衛のため四隻の駆逐艦がいるだけだ。

 重要な艦なのだが、重要性を理解していない海軍上層部が龍飛に艦艇を割くのを嫌がった。

 ただ、帝国の潜水艦による襲撃が激しく護衛艦艇を必要としておりこれ以上、割けなかった。

 それに対空砲を積み込んでいない、彼女たち駆逐艦が就役したとき航空攻撃など夢想であり考えられなかったのだ。

 せいぜい水雷艇を撃退する程度だ。

 航空攻撃があったらどうしようもない。


「まあ、追々、充実させるしかないか」


 忠弥は今できる限りの事をしている。これからだと思い、目の前の作戦に集中した。

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