第311話 捕虜生活

「ふええんっ」

「大丈夫よ聡美。元気を出して」


 泣いている聡美を優里亜は帝国軍に指定された部屋の中で慰めていた。


「もう、あたし達帰れないのよ」

「そんなことないわ、悪いこと考えたりしてはダメよ」


 虐待を受けたのではない。

 むしろ厚遇されており、不自由はない。

 帝国の航空隊に捕虜収容所はあるが、出来たばかりで女性専用区画が無く、飛行場にある兵舎の一室をあてがわれている。

 二人部屋だが見張りは最小限で覗きはない。

 三食は付いているし、見張りがいるが散歩も日に二回は許されており最低限ながら余裕はある。

 だからこそ、色々考えてしまうのだ。

 心に余裕がある分、色々考えてしまい得てして悪い方へ考えてしまう。

 もし虐待を受けていたら、諦観したり、反抗したりして、気持ちを別方向へ向ける事が出来るだろう。

 だが、丁寧に、国際法に従って扱われているのに文句は言えない。

 そのため自然と自分を責めるようになって仕舞う。


「いずれ捕虜交換で帰れるわ」

「でも、空軍にはあたしもう居られないわよ。黒鳥を落としちゃったし」

「仕方ないでしょう、敵が対抗手段を持っていたんだから」


 攻撃されたときパニックになった聡美は黒鳥を禁止されている急旋回を行い、翼を折り撃墜されてしまった。

 冷静さを欠いているが敵に攻撃されない高高度を飛行する黒鳥への攻撃など想定されていなかった。

 だが、尋問中に教えて貰ったが帝国は変態的な、もとい、黒鳥と同じような空中発進式高高度迎撃専用機を投入し、更に下方から攻撃する兵器を搭載していた。

 彼らが初の実戦に参加したのは優里亜達に対する攻撃が最初であり初見で撃墜されたのは仕方ない。


「でも私のミスで失敗してして落としちゃった」


 だが、黒鳥を墜落させてしまったのは事実であり聡美は自責の念に駆られていた。

 空を飛ぶのが好きで飛行機に乗りたくてパイロットになったのだ。

 自分の飛行機をミスで落としたことに自己嫌悪を抱いている。


「それは私も同罪よ」


 だが優里亜もそれは同じだ。

 外の見張りで見つけていたのに警戒を怠った。

 攻撃を受けると考えて警戒するべきだったのに、誰も黒鳥の高度まで上がれないと思い込んでいた。

 自分達が飛べるのなら、そこまで飛べる飛行機を誰かが作ると、思わないといけない。


「だからもう悩まないで」

「ううっ……」


 ベッドで泣く聡美を優里亜は元気づけた。


「ふうっ」


 泣き疲れたのか寝始めた聡美をみて安堵の溜息を出すが、すぐに警戒する。

 盗聴されていると思った方が良い。

 一応捕虜の扱いだが、戦略偵察機のパイロットである優里亜達はベルケ達にとって貴重な情報源だ。

 黒鳥の機体構造や飛行性能を知りたがっているはずだ。迎撃用の飛行機を作り出すため、黒鳥の弱点を知りたくて聞き耳を立てているはず。

 他にも、黒鳥の運用計画、優里亜達が何処をいつ飛んだのか、は勿論、他のパイロットの話からも前後の話や帝国軍の監視報告を突き付け合わせればおよその飛行計画やパターンがわかり、予め迎撃機を配備できる。

 実際、ベルケは面と向かって命じなかったが、部下達が優里亜達の会話を一言一句逃すまいと聞き耳を立てていた。

 覗き行為と言われそうだが、それだけ真剣なのだ。

 もし黒鳥からの情報で帝国軍の動きが筒抜けになれば、ただでさえ不利な戦局が更に不利になる。

 黒鳥を撃墜する事は帝国軍の重要課題であり航空隊も熱心に行っていた。

 優里亜達の会話記録はその一環だ。

 撃墜した黒鳥――優里亜が自爆処置を成功させ破壊させていたが、残った機体の破片、構造材や外板から機体強度と重量を推定したり、残ったエンジンのシリンダーから排気量と馬力を推定し飛行性能を明らかにしようとしていた。

 かなり正確だったが実物が破壊されているため、推定値に過ぎず、確定させようと優里亜達の言葉に耳を傾けていたのだ。

 だから優里亜は迂闊なことを言わないように注意していた。


「はあっ、やっていられないわ」


 だが、限界だった。

 意識して心を殺すなど何時までもできない。

 気晴らしをしなければやっていけない。

 優里亜はカーテンを開き、窓を開けて外気を吸い込んだ。


「うーん、気持ちいい!」


 ひんやりとした空気が優里亜のこわばった身体を気持ちよく刺激してくれる。

 夜明けが近づいているのか東の空が明るくなり始めた。

 聡美を慰めていたらいつの間にか一晩明けてしまっていたようだ。


「今日も警戒厳重ね」


 飛行場のエプロンから飛行機の始動音が響いてきた。

 夜明けの奇襲を警戒していつも一個中隊一四機それも帝国が配備を進めつつある最新機種プラッツⅣが夜明けと共に上空へ出撃している。

 他にも不定期にスクランブル――緊急発進の命令が出ており、練度を維持しようとしていた。


「精強ね」


 皇国空軍士官学校で実戦部隊の訓練や日常を教えて貰ったり、部隊研修で知ってはいるが、敵方の動きを見ていると改めて重要性を再確認する。


「もっと、警戒がもっと疎かなら攻撃できるのに。明け方に少数で奇襲できないわね」


 司令部の人間が飛行前後の説明でぼやくのを優里亜は思い出して呟いた。

 その発言は、聞き耳を立てていた帝国航空隊の職員にとっての成果、自軍の警戒態勢が敵にとって都合が悪い、防空体制が強固であるという証明であり、金星と言って良かった。

 だが直後に意味が無くなった


「あら? 何かしら」


 優里亜は北の空に、多数の飛行機がやってくるのを確認した。

 帝国軍の航空機かと思ったが、普通なら東から南にかけて飛来するし、早朝に大軍でやってくる訳ではない。


「やったわ!」


 そして、自分が見慣れた機体、味方の疾鷹であることを確認すると大声を上げて喜んだ。

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